佐助さんとかすがさんと私

佐助さんの口から頻繁にある人の名前が出てくるようになったのはいつからか。その人の名が出るたびに、周りの人間が複雑そうな顔をして私を見るのだ。


「またかすがに会っちゃってさぁー、本当はウチに来たいんじゃないの?あいつ」

またかすがさんの話だ。かすがさんには私が竹中半兵衛に連れ去られた時にお世話になったが、それ以来の面識はない。

一度見た切りだったがとても綺麗な人だった。金色の髪に切れ長の瞳、そして豊満な胸に際どい衣装......この人には逆立ちしても勝てない、一瞬でそう思わされた。

幸村から佐助さんの許嫁と聞いた時は「ああ、そうなんだ」と素直に受け入れることができた。随分前から知っていたようだし。親しげだったし。それに、とてもお似合いだと思ったのだ。

私に無い物を彼女は全て持っている。そんな気がした。


佐助さんが公然の前でかすがさんの名前を出す事によって、佐助さんの数少ない大切なもの、そして敵にとっては弱みとなるもののリストに彼女が追加された。今後佐助さんを殺そうとする敵は、皆かすがさんを出しに使うだろう。

何故急にそのような行動に出たのかは謎であるが。

以前、幸村と遊びに来ていた慶次さんにこんな事を聞かれた。

「奈月殿、何やら佐助がかすが殿の名ばかり口にしておるようだが、些か揉め事でもあったで御座るか」

「本人の耳にも届いていたみたいでさあ。すんごく怒ってたけど」

聞くところによると、武田の忍と上杉の忍が恋仲であるという噂まで立っているようで、かすがさんはそんなことは断じてない気色悪いと怒り狂った後謙信公に宥められ花を咲かせた...という。

成る程、私は玩ばれていたのか。私を好きだ護りたいと言った口は、泣きじゃくって震えた身体を抱き締めた腕は、全て偽りであったのか。

本当はかすがさんの事が好きなのに。

私は彼にとってどういう存在なのだろうか。本当はまだ私の事が邪魔で仕方ないのだろうか。

そう考えた瞬間、すっと熱が冷めたように感じた。

「特に何も。別にいいんじゃないですか?かすがさんと恋仲という噂が広まれば、私を狙う人たちも少なくなるでしょう」

もう先日のような事は起きませんよ、と口にすれば二人は顔を顰めるだけだった。


「奈月ちゃん、今いい?」

佐助さんは任務がない夜は必ず私の元へ来て少しだけ雑談をし、暫く経ってから自室で床に着く。

音も立てずに天井からひらりと降りては私の隣に座る。何時もは幸村の話や部下の愚痴をペラペラと話し出すのだが、今日は黙ったまま俯いている。

流石に様子が可笑しいと思い名を呼んでみれば、彼はとても言いにくそうに口を開いた。

「多分、君の耳にも入ってるよね。噂...」

ああ、かすがさんと恋仲という噂ですか。

そう聞き返すと佐助さんは薄暗い中行灯でぼんやりと光る橙の髪を掻いた。とても気まずそうである。

「まさか、信じてない、よね?」

「幸村から許嫁と聞きましたので、信じないわけにはいかないでしょう」

「旦那まだあれ信じてたの!?っもう!それはからかって言ってただけで、かすがとは只の腐れ縁!」

「はあそうですか」

「第一、俺様の恋人は奈月ちゃんでしょう?」

そう言われて頷くことが出来なかった。多分、自信が無かったのだ。

片や真田忍隊の長、片や現代からトリップしたが特に役に立つわけでもない女子大生。

どう考えてもかすがさんの方が私より上だ。彼の隣に相応しい。

その考えがぐるぐると頭の中をいっぱいにし、それでも貴方の隣に居たいと言えないのだ。

「かすがの名前を出したのはさ、奈月ちゃんが言った通り、君が狙われないように匿うためだよ」

それは先日幸村と慶次さんにした時の話だろう。彼は何処かでそれを聞いていたのか。

「俺様は奈月ちゃんを護れるならどんな物であれ、人であれ利用する。それが君を傷つける事になっても」

俺様狡いからさ、と彼は苦笑した。

「相変わらず分かりにくい護り方ですね」

「きっと君は自暴自棄になって旦那たちにああ言ったんでしょ。理解してくれたのは嬉しいけど、もっと自信持って欲しいな。愛されてるって」

もしかしてかすがに嫉妬した?と聞かれ、今度は素直に頷く。彼は目をきゅうと細め笑った。

「嬉しいよ。でも本当に護りたい女の子は奈月ちゃんだけだから」

頬を撫でる手にそっと手を重ね目を閉じる。浮気したら許しませんよと呟けば、奈月ちゃん怖いと強張った手に呆れて笑ったのだった。


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