5月15日。
今日は野球部の1年投手の誕生日だそうだ。休み時間の教室では御幸くんと倉持くんがパイ投げすると張り切っているみたいだ。私は野球部とは何の関係もないただの帰宅部員なので、そんな話を聞き流しながら手元の本に目を向ける。そんなとき、後ろの席の人に髪を軽く引っ張られた。
「お前さ、明後日暇?」
倉持くんだ。
「明後日部活見に来てくんねえ?」
ついでに弁当とか作って来てくれると助かる、という彼に私の手から本が滑り落ちた。私と倉持くんは席が前後で、挨拶をする程度の仲だというのに。どうして彼女でもないのにわざわざお弁当を作らなければいけないのか。
「...明後日って土曜ですよね」
「おう。お前部活入ってないから暇だろ?」
「まあ...でも、何で私が...」
「いいじゃねえかよ。何か文句あんのか?」
「い、いえ......」
彼の眼力に圧され、気づけば頷いていた。切実に、嫌と言えない自分の性格を恨めしく思う。
「素直に"俺のために弁当作って来てください"って言えないのかねーお前は」
倉持くんの隣の席を陣取っていた御幸くんがニヤニヤと笑っている。それに対し倉持くんがわーわー何か言っているが、私は明後日のことで頭がいっぱいになっていた。お母さんに何て言い訳しようか......。
5月16日。
「弁当は神崎が作るんだからな?お前の母ちゃんが作ったつったら怒るぞ」
「...分かりました」
「あと自分の分も作って来いよ」
「え、」
念を圧された。大体何故私が倉持くんのためにお弁当を作らなければならないのか、その理由が知りたい。本人に聞いたところ「うるせえ!」と真っ赤な顔で怒鳴られてしまったので、渋々御幸くんに聞いてみると、
「明日になれば分かるんじゃね?明日神崎の弁当楽しみにしてるみたいだから、とびっきり美味いもん食べさせてやって」
はぐらかされた。二人して何を企んでいるのか不安だが、引き受けてしまったものは仕方がない。授業の間、お弁当の中身の候補を決めながら過ごすことにした。
5月17日。
約束のお弁当を二人分持って学校へ。グランドでは野球部が既に練習を始めている。こっそり近づくと、高島先生が私に気付いた。
「神崎さんね。倉持くんから聞いてるわ。監督にも許可貰ってるから是非見学して行って」
「はあ...」
片岡先生にも許可を取っていたには驚いた。そこまで私に見学して行って欲しかったのだろうか、彼は。お言葉に甘えてベンチに座り、練習中の部員の姿を眺める。途中監督が指示を出したり、休憩時間にはマネージャーが忙しなく動いたりと、普段なかなか見れない野球部の様子が見ることができた。
昼休憩に入り、私は倉持くんに手を引かれ、他の部員から遠く離れた場所に連れて来られた。
「ここで食うぞ」
そう言ってベンチに腰を降ろした倉持くんに倣って私も隣に座る。持ってきたお弁当を渡せば、彼は嬉しそうに笑って感謝の言葉を述べた。
「「いただきます」」
一口食べて彼は美味いと溢し、それからはガツガツと夢中で食べている。どうやらお気に召したようだ。私が食べ終わるのは、彼が食べ終わってからずっと後だったが。
「美味かった。ごちそうさま」
わざわざ私が食べ終わるまで待っててくれた彼は、空っぽになったお弁当箱を渡して満足そうに笑った。
「いえいえ、私も作ってて楽しかったです」
「はー!いいプレゼントだな!」
「ん?プレゼント………?」
プレゼント?誰かの誕生日なのか。もちろん、私の誕生日ではない。では、誰の?隣でしまった、と言ってるような顔をしている倉持くんに、今日が彼の誕生日だということを悟る。
「今日は倉持くんの誕生日だったんですね」
「あ、あー、おう……」
「そんな貴重な日を私と過ごしていいんですか?」
そう言うと、倉持くんは顔を真っ赤に染めて私から視線を逸らした。
「………お前と過ごしたかったって言ったら笑うか?」
心臓が、どくりと鳴った。彼につられて私の頬も熱くなり、遠くで野球部員が覗き見している事も指摘できずに、集合の声がかかるまで私たちはその場を動くことができなかった。
「来年も、祝ってくれるか?」
「はい、私で良ければ」
去り際に呟かれたその言葉に肯定の意を示せば、倉持くんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。来年は、何かプレゼントをあげたいな。
「倉持くん、お誕生日おめでとうございます」
「サンキュ!」
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