ある夏の暑い日、お館様からの手紙を届けに奥州を訪れた。佐助は自分が届けるからいいと言っていたのだが、久しぶりに政宗殿と手合せしたいのもあり、自ら行くことにしたのだ。


ようやく青葉城へ着いたはいいが、政宗殿は城下へ出かけているという。そう言った片倉殿の表情は硬く険しいものだったが。政宗殿が戻られるまで客室で待つよう言われ、佐助はさっさと天井裏へ引っ込んでしまった。

(政宗殿が来る前に厠へ行っておくか......)

勝手知ったる城の廊下を歩いていると、離れのほうから琴の音が聞こえてきた。音に釣られて部屋を覗くと、一人の女子が琴を弾いていた。切れ長の目を伏せ赤い紅の口紅は緩く弧を描き、青く鮮やかな着物から覗く首筋は白く透き通っている。

(なんと、お美しい......)

すると琴の音が止み、女子がこちらを向いた。

「......何か、御用にございますか?」

「あっ......」

ここは政宗殿の城。もしかしたらこの御方は政宗殿の室かもしれないのだ。女子の部屋を覗いただけでも自分にとっては問題なのに、同盟国の主の室となれば更に問題である。

「え、あ、あのっ...も、申し訳ございませぬ......」

「ふふ、宜しければお入りくださいな。こんな離れに客人が来るのは久しぶりにございますれば」

彼女は口元を裾で隠しながら笑い、琴を隅に寄せた。不謹慎とは思いながらも、彼女の部屋に踏み入れ正面に座った。

「そ、某は真田源二郎幸村にござりまする。この度は政宗殿に武田信玄の手紙を届けに参った次第にござる」

「真田様......お噂は聞いております。私、伊達政宗が妻、凪沙にございます」

(やはり奥方殿だったか......)

「妻、とは言っても側室にございます。正室である愛姫様以外にもまだたくさんおりますの」

凪沙殿は微かに笑った。その笑みが物悲しげで、苦しそうで、思わず手をとりたくなる。

「殿は毎日のように郭に出かけておりますれば......この離れには滅多に御出でにならないのです」

「......何故、このような離れにおられるのか...」

そう尋ねると、凪沙殿は顔を伏せた。そして足をそっと撫でる。

「足が、悪いのです」

妻として迎えられた直後、他の側室の苛めによって足に怪我を負い、歩けなくなったのだという。そして、正室争いからも降ろされた、と。彼女はそう呟いた。

「殿はお優しい方にございます。歩けなくなった今でも私を傍に置いてくれている......それだけで私は嬉しいのです」

俺は、そうは思わない。政宗殿は美しい彼女を手元に置いておきたかっただけだ。もしかしたら、足が不自由になって喜んでいるのは政宗殿なのではないのか。歩けない彼女は此処から逃げることはできない。そしてそのままずっと彼女を飼い殺したかったのかもしれない。

「此処から、出たいとは思わぬのか......」

彼女は泣いた。微笑みながら泣いた。

「もう、いいのです、真田様......外の世界にもう、居場所はないのでございます」

膝の上の拳を握る。それから凪沙殿の手を引き寄せ抱きしめた。

「さ、真田様っ......」

「凪沙殿っ、お許しくだされ......!某はっ、......俺は、貴女を此処から連れ出したいのだ......!」

腕の中で暴れていた彼女がはっとしたように固まる。白い首筋に顔を埋めると、微かに政宗殿の香が香る。その香りを消すように、背に回した腕で強く抱き寄せる。

「わ、私は政宗様の妻にございますっ......」

「分かっておる。それでも、俺は凪沙殿が欲しいのだ......」

政宗殿と褥を共にしたことはあるかと聞くと静かに首を振る。その答えに胸の奥が熱くなってむくむくと欲が生まれる。天井裏の気配が消えた。きっとこの部屋に誰も近づかないよう動いてくれることだろう。

「政宗殿が帰ってくるまでの間でも良いのだ......俺は凪沙殿を愛したい」

「あっ、真田様......」

戸惑う彼女をそっと押し倒す。もう彼女は抵抗しない。震える唇をそっとなぞると乞うような視線が絡む。それを合図にそっと唇を重ねた。

外で蝉が鳴いている。政宗殿はまだ帰らない。



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