俺は生まれてこの方、恋をしたことがない。(恋なんて破廉恥でござる...)未だに所帯を持つことを望まず、しかも恥ずかしながら女子が苦手。見かねたお館様が見合いの場を設けてくださったこともあったが、ことごとく失敗した。しかし、そんな俺にも春がやってきた、らしい。
「旦那さぁ、凪沙ちゃんのこと好きでしょ」
唐突な佐助の言葉に八つ時に食べていた団子を詰まらせるところだった。慌てて茶を飲み流し込む。
「なななぜ俺が凪沙殿をっ...」
凪沙殿とはひと月ほど前、空からここ上田に落ちてきた女子で、何と400年後の日ノ本からやってきたという。間者と疑った佐助に少々無理をさせられたようだが(もちろんきつく叱っておいた)、今では未来の知識を駆使して戦を有利にしたり、俺就きの女中としてよく働いてくれているのだ。確かに凪沙殿は優しく笑顔がかわいらしくて、彼女の傍は戦国の世とは思えないほど居心地がよく、また育ちが良かったのか絹のような白い肌が艶めかしく......。
(ははは破廉恥っ)
「春だねぇー...」
要らぬ妄想をして顔を赤くさせた俺を見て佐助が笑った。
「あ、そうだ。凪沙ちゃんに贈り物でもしたら?」
「贈り物?」
「女の子を落とすには贈り物が一番でしょ。簪とか櫛とか...」
そんなことを言われても、恋をしたことがないのだ。もちろん女子に贈り物などしたこともない。
「し、しかし女子の好みの物など俺には分からぬ...」
「んー、じゃあ自分の好きな物をあげたら?自分の好きな物を相手も好きになってくれたら嬉しいだろうし」
俺には難しいような気もするが。それでも、
(彼女が喜んでくれるなら、何でもしてあげたいと思うのだ...)
「うむ、分かった!城下へ行ってくるぞ!」
最後の団子を食べ終え、急いで城下に向かった。
幸村が城下へ出かけたと聞いて、私は自室で束の間の休憩を取っていた。お茶を飲んで一息ついていると、廊下から聞きなれた足音がしてこの部屋の前で止まった。
「ゆゆゆ幸村にござりまする!凪沙殿っ、入ってもよろしいか!」
「どうぞ」
失礼しまする、と入ってきた幸村の顔は何故か真っ赤だった。以前は「女子の部屋に入るなどっ」と喚いていたが最近は慣れたようだった、なのに。
「そ、某、凪沙殿に是非ともお渡ししたい物がございますればっ...」
「ど、どうしたの幸村...何か話し方が堅苦しいよ?」
どこか心ここにあらずな幸村がそわそわしながら、後ろでに持っていた物を差し出した。包みは上質そうなものだ。
「......凪沙殿にはいつもお世話になっておりまする。お、女子に不慣れな某の傍にいてくれたこと、感謝してもしきれぬ...これはほんの気持ちにござる。どうか受け取ってくだされ」
真剣な様子の幸村に胸が大きく鼓動を打った。
(もう、年下の男の子から、男の人になってたんだ......)
出会った頃とは違う、彼に抱いていた想いが変わるような気がした。
「その、佐助に助言されて選んだ物にござる」
「佐助さんに?なんだろう?」
早まる鼓動を抑えながら包みを開けると、確かに彼の大好物が入っていた。
「だ、団子......」
「凪沙殿、お気に召さなかっただろうか...」
心配そうにこちらの様子を伺う幸村に思わず笑みがこぼれる。何というか、彼らしい贈り物だ。
「あははは!そっか、お団子か!」
佐助さんは一体何とアドバイスしたんだろう?でも、
(気持ちが、嬉しい)
「ねぇ、」
まだ芽生え始めた恋心。今はただ、
「お団子、一緒に食べよっか」
「う、うむ!」
大切にしていきたいと思う。
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