※名前変換なし

真夏の体育館。夏の間だけでもマネをやってくれと部長直々に頼まれ、私は帰宅部でありながら休日の体育館に足を運ぶ。1年の芝山くんに教わりながらドリンクを作りスコアを付けタオルを配り、手が空いたらルール等の勉強を兼ねて試合を見学。スパイク時の打撃音、シューズが床を蹴る音、ホッスル音、監督や選手の声を聞きながら、ぼーっとひとりを目で追う。しなやかなその身体で何度もボールを拾い上げ、ネットよりも高く伸ばした手でブロックする彼、黒尾くんに私は片思いをしている。

「はぁ...かっこいい...」

「声漏れてるぞー」

「うひゃあっ!?」

ぼーっと黒尾くんを眺めていたら、背後から声を掛けられた。完全に気を抜いていたので、心臓が跳ね上がる。胸を抑えながら振り向くと同じクラスの海くんが笑っていた。

「あんまり見てるとバレるからな」

「うぅ...海くんが意地悪だ」

見ていたのがバレて思わず唇を噛むと、海くんは更に笑う。マネージャーをやるにあたって一番協力してくれたのは海くんだ。そして私の片思いもすぐにバレた。それから彼は度々黒尾くんとの仲を取り持ってくれている。

「意地悪か?」

「嘘だよ。海くん様様です」

ふざけて海くんに向かって手を合わせると、苦笑しながらこつんと頭を小突かれる。思ってない癖に、と思われているのだろうか。とんでもない。黒尾くんに彼女がいないのを教えてくれたのも、さんまの塩焼きが好きなのも、つまらない授業中にはスマホを弄っているのも、私の知らない黒尾くんを教えてくれたのは海くんだった。とても彼には頭が上がらないのだ。

「黒尾くんさ、まだ彼女いないんだよね」

「そういう話は聞いてないな」

「…好きな子、はいるのかな?」

そう言うと、海くんは気まずそうに目を逸らして、どうかな、と呟いた。そうか、好きな子がいるんだ。まだ告白すらしていないのに、失恋してしまった。まだまだこの先部活で顔を合わせるのに泣きそうだ。がっくりと肩を落として項垂れる。

「…黒尾くんてさ、好きな子には意地悪しそうだよね」

「そうか?」

黒尾くんは私にはとても優しくしてくれるけど、仲の良い友達とは軽口を言い合ってるイメージがある。それが女友達だとしても。どうしよう。私は一度もからかわれたことがない。決して意地悪されたいわけではないけど、仲が良くないという風に感じてしまって寂しい。


体育館の外の水道で大量のボトルを洗っていると横からお疲れ様、と声をかけられた。大好きなはずのその声に嬉しさ半分、悲しさ半分という感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う。嬉しいけど、素直に喜べない。先ほど失恋したばかりだから。

「黒尾くんもお疲れ様」

「一人じゃ大変だろ?俺も手伝うよ」

「え!?い、いや、いいよ!洗い流すだけだし」

「でも二人でやった方が早えじゃん」

私がわたわたと慌てている隙に、黒尾くんはボトルをひったくって水で洗い流していく。その様子を見て私も蛇口を捻った。

「なあ、さっき海と話してたよな?」

「えっ、う、うん…見てたの?」

「拝んだり落ち込んだり忙しそうだなって」

しまった。一部始終見られていたのか。何の話してたんだ?と聞かれ、思わず手が止まる。黒尾くんの話をしてました、なんて言えない。でも、少しだけ勇気を出してもいいだろうか。どうせ、叶わないんだから。

「…黒尾くんの話をしてたよ」

「え、俺の?」

「黒尾くんは好きな子に意地悪しそうだよねって」

視線は手元に落としたままだったけど、視界の端で黒尾くんがこちらを向いたのが分かった。上手く笑えている自信がないから、あまり見ないで欲しい。そのまま俯いていると、また視界の端で黒尾くんが動いた。

「俺の事、そんな風に思ってんの?」

急に下がった声のトーンにびっくりして彼を見ると、今度は彼が真顔でボトルを洗っていた。怒らせちゃったかな。そのまましばらく二人で黙々とボトルを片付ける。最後の一本を片付けてお礼を言うと、黒尾くんは口をへの字にして私を見下ろしていた。

「俺さぁ、好きな子には優しくしたいんだよね」

「うん?」

さっきの話の続きかなと思い、首を傾げる。まだ機嫌悪いのだろうか。でも、話しかけてくるってことは、何か言いたいことがあるのだろう。黙っていると彼はだから、と肩を落とす。

「お前には意地悪したり、からかったことあるか?」

「ううん、ない。黒尾くんはいつも優しいよ」

「そう思ってんならもう気づいて欲しいんデスけど」

恥ずかしそうに頬を掻く黒尾くんを見つめながら固まる。それって、もしかして、ホントに?ぶわあっと顔に熱が集まった私を見て、同じように顔を赤くして好きだ、と笑った黒尾くんの顔を、私は一生忘れないだろう。


後になって海くんに聞いたら、私と黒尾くんの両方から相談されていたとのこと。その事実を知って黒尾くんと一緒に拝みに行ったら、二人して頭を小突かれたのだった。



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