6歳 春

わたしのいえのきんじょにはながいさかがあって、そのとちゅうにいなりじんしゃというきつねのかみさまがすんでいるところがある。そこにはいまよししょういち、しょういちにいちゃんがいて、きものをきていつもじんじゃへつづくかいだんをそうじしている。おかあさんにきいたら、しょういちにいちゃんはじんじゃのかんりをしているらしい。しょういちにいちゃんはいなりじんじゃにいて、いつもニコニコしててかおがきつねににてるからがっこうではきつねのにいちゃんてよばれてる。そんなしょういちにいちゃんは、まいあさがっこうへいくときは「おはよう。行ってらっしゃい」とこえをかけてくれて、がっこうからかえってきてかみさまにてをあわせてからわたしのはなしをうんうんときいてくれて、「今日も頑張ったな。飴ちゃんやるわ」とあめをひとつくれる。わたしは、やさしくてあたまがよくてかっこいいしょういちにいちゃんがだいすきだ。

「狐の嫁入り、って知ってるか?」

「ん?きつねがけっこんすること?」

「昔は狐火が連なってるのを見て狐が嫁入りしてる言うたらしいんやけど、天気雨のこともそう言うんやて」

「あ!しってる、てんきあめ!はれてるのにあめがふること!」

「せや。狐火の行列ができたときも天気雨が降ってたらしいわ」

「へえー!しょういちにいちゃん、ものしりだね!」


13歳 夏

ランドセルから指定の通学カバンを背負った私を、翔一兄ちゃんは変わらず毎朝見送ってくれる。変わったことは一つだけ。「お帰り、凪沙ちゃん。飴ちゃんいるか?」今までもらっていたアメを、何だか子供扱いされている気がして恥ずかしいとう理由で、中学入学を機に断った。断った時の翔一兄ちゃんは少し寂しそうな顔をしていたけど、「そっか」とまたいつものように笑った。気づいたら私も少し悲しくなって、その日だけは学校の話をせずに家へと帰った。でも次の日の朝、翔一兄ちゃんはまた「おはよう」と笑ってくれたから、悲しくなったことなんてすぐに忘れてしまった。ごめんね、翔一兄ちゃん。でも私はいつも通りに接してくれる優しい翔一兄ちゃんが好きだ。

「翔一兄ちゃんは、いつも掃除してるね」

「綺麗にせな、神様に失礼やからな」

「ホントにここにお稲荷様いるの?」

「ああ、居るよ。凪沙ちゃんが毎日お参りしてるの、神様は知っとる」

「ふーん」

「興味無さそうやな......神様は毎日凪沙ちゃんのこと、此処で見守っとんのに」


18歳 秋

無難に家からそう遠くない高校に進学した私は、朝は自転車で長い坂を駆け下りながら翔一兄ちゃんに挨拶をしている。「あんまりスピード出すなーきぃつけやー」「はーい!」そんな声が朝の坂に響く。帰りは疲れ切った体で坂道を上るのが辛くて、ついつい自転車を降りて押してしまう。「お帰り。今日もお疲れさん」でも、その声が聞きたくてどんなに疲れてもお参りは欠かさない。毎日翔一兄ちゃんに会えるのが楽しみで、一緒に過ごせる時間を心待ちにしていた。

ある日、いつもの様に階段の前に自転車を止めて階段を上がる。もう少しで頂上、という時に知らない女の人の声が聞こえた。「貴方が好きなの」チラリと見えた女の人の後ろ姿と困った様に笑うの翔一兄ちゃん。胸が針に刺された様にチクリと傷んで、私は静かに階段を降りた。その日、初めて翔一兄ちゃんを嫌いだと思った。

「お帰り、凪沙ちゃん。最近お参り来ぉへんな?何かあったんか?」

「......別に」

「......学校、忙しいんか?」

「まあ......だから、しばらくここには来れない」

「......そおか、残念やな」


23歳 冬

あの日以来、私は一度もお参りには行かなかった。受験で忙しいのもあったが、やはり彼に会いに行くのが辛かった。多分、あれが初恋だったのだと思う。考えてみたら、私は彼の事を良く知らないのだ。あの稲荷神社の神主という事しか知らない。その方言はどこの出身なの、昔から見た目が変わらないけど何歳なの、そもそも彼女はいるの。聞きたい事は山ほどあったけど、もう聞くチャンスなんてどこにも無い。私は彼から逃げる様に都内の大学に進学し、その近辺の会社に就職した。もう、彼処には帰らない。そう思って地元を飛び出したのだ。

いい加減帰って来て顔を見せなさい、と母に怒られ法事を理由に実家へ帰って来てしまった私は、今稲荷神社の前にいる。翔一兄ちゃんがいたらそのまま帰ろうと思ったが、そこには積もった雪が溶けかかっている祠があるだけで誰もいなかった。祠の前で手を合わせ、目を閉じる。ずっとお参り出来なくてごめんなさい。それから、ただいま。

「お帰り、凪沙ちゃん」

懐かしい声がして目を開けると、目の前には翔一兄ちゃんがいた。

「しょ......今吉、さん、何で......」

久しぶりすぎて何て呼んだら良いか分からず、そう呼ぶと彼は飴を断った日と同じ顔で笑った。

「もう翔一兄ちゃんて呼んでくれへんのか......あと何でって、此処ワシの家やし」

「だって、さっき誰もいなかった......」

「おん。此処にはワシと凪沙ちゃんしかおらんよ」

翔一兄ちゃんは私を見て嬉しそうに微笑む。凪沙ちゃん、綺麗になったなぁ。会えて嬉しいわぁ。思わずかぁっと顔が熱くなる。胸がトクトクと鳴る。昔好きだった頃と何一つ変わってない。翔一兄ちゃんは優しくていつもニコニコしている。そんな大好きだった翔一兄ちゃんが目の前にいる。あの頃の記憶が蘇って、じわりと手に汗が。

「好き」

ぽろりと口から零れた言葉と頬から伝う涙。久しぶりに会って、好きなの、と泣きじゃくる私は彼からどう見えているだろうか。怖くて顔が上げられない。手でゴシゴシと涙を拭うとその手を取られ、腰に腕が回されふわりと抱きしめられた。

「結婚しよか」

「え、」

ええええっ、と叫んだ私を抱きしめながら彼はからからと笑う。

「昔、此処でワシが告白された時、凪沙ちゃん居ったやろ?あれからお参り来ぉへんし、めっちゃ焦ったわ。せやから、今度は逃がさへん」

絶対に。ぎゅっと抱きしめられ、驚きで止まったはずの涙がまた零れた。好きや、ワシのもんになって。そう聞かれればコクコクと頷くしかなくて、しばらく翔一兄ちゃんの腕の中で泣き続けた。

落ち着いた頃、翔一兄ちゃんとお稲荷様に報告する為にもう一度祠へ手を合わせる。お稲荷さんは縁結びの神様やないけどな、と翔一兄ちゃんが笑って手を合わせる。お稲荷様、私、この人と一緒になりたい。ずっと、死ぬまで一緒にいたい。だからどうか、ずっと見守っていてください。ぽつり、と石畳に何かが当たって顔を上げる。

「雨だ」

空は晴れているのにぽつぽつと雨が降り出す。お邪魔します、と言ってから2人で祠の軒下に入る。

「狐の嫁入りって言うんだっけ」

「せなやぁ。お稲荷さんが空気読んでくれたんやろか」

「......翔一兄ちゃんがお稲荷様じゃないの?」

そう言うと彼は目をこれでもかと見開いたあと、ワハハと笑った。

「さあな」

雨が止むまで此処にいさせてください。お稲荷様に向かって心の中で話しかけると、翔一兄ちゃんに肩を抱き寄せられた。多分、しばらく雨は止まないだろう。



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