『甘え上手の女はモテる!』
...という雑誌の見出しを見つけて書店の前で立ち止まる。ふと、先ほどまで一緒に下校していた彼氏を思い出す。ひとつ年下の赤葦くんは私には勿体ないくらいしっかりした子で、今まで恋愛をしてこなかった私をリードしてくれる。いつも赤葦くんに頼りっぱなしでこれ以上甘えることなんてできない。できないけど......。
「結局買ってしまった...」
帰宅して早々、制服を脱ぐこともせずにカバンから雑誌を取り出す。
「甘えるってどうすればいいんだろう」
特集ページを開くと、"服の裾を摘まんだり、上目遣いでおねだり"だとか"ボディタッチで好意をアピール"だとか、私が今まで経験してこなかったテクニックが載っている。
「お、男の子ってこういうのが好きなのか...」
思わず口元が引きつる。赤葦くんがこのようにされて喜ぶかどうかは分からない。でも彼も普通の男子高校生。もしかしたら、という期待も込めて雑誌の内容を必死に暗記した。
「おはようございます、凪沙さん」
下駄箱で靴を履きかえていると朝練が終わった赤葦くんが声をかけてくれた。おはよう、と言いながら、彼のネクタイが曲がっていることに気づく。
「赤葦くん、ネクタイ曲がってるよ?」
赤葦くんの曲がったネクタイを直し、顔を上げると赤葦くんは目を見開いて固まっていた。赤葦くんが何故固まっているのか分からなかったが、これは雑誌に載っていたテクニックを試すチャンスだと思い、彼の制服の裾を摘まんでなるべく上目遣いになるように見上げてこてんと首を傾げた。
「今日も一緒に帰っていい?」
私がそう言うと、赤葦くんはふいとそっぽを向いて小さく呟いた。そのまま赤葦くんは立ち去り、裾から離された手はだらんと下がる。どんどん遠ざかっていく彼の背中を呆然と見送る。
「ごめんなさい」
彼は確かにそう言った。びっくりしたけど、段々悲しくなって来てぎゅっと拳を握る。暫くその場に立ち尽くしていると後から来た友達に大丈夫かと聞かれ、慌てて何でもない振りをして笑った。雑誌なんて信じるんじゃなかった。
その日から赤葦くんとの距離はどんどん離れて行き、最近はあまり顔を合わせることさえしなくなっていた。
「なあ、赤葦と喧嘩でもしたか?」
休み時間に木兎まで心配して声をかけてきてくれたが、彼を見ていると赤葦くんの事を思い出してしまって辛い。
「喧嘩、はしてない...と思う」
「はっきりしねぇなー赤葦が元気ないから別れたのかと思ったぜ」
「...へえ、そうなんだ」
このまま別れちゃうのかな、と泣きそうになって鼻を啜ると、木兎が持ってもいないだろうに「わああああ!ティッシュ!ティッシュ!」とポケットを漁り出す。案の定無かったようで、木兎は拭おうと私の顔に制服の袖口を近づけたが、その腕は誰かの手によって止められた。
「凪沙さんに触れるのは木兎さんでも許せません」
暫く聞いていなかった声が聞こえた。ずっと会わなかった人がいた。
「あ、かあしくん」
「凪沙さんに話があります。次の授業はサボってください」
そう言うと木兎の返事も聞かずに、彼は私の腕を引っ張って足早に歩く。空き教室に連れ込まれ、ガチャリと鍵の閉まる音がした。
「すみませんでした」
赤葦くんが深く頭を下げる。
「な、何が?」
「あなたを避けてしまったことです」
胸がちくりと痛む。やっぱり避けられていたんだ。
「凪沙さんが、急に俺に触れるので、その、」
ネクタイを直したのは無意識だったが、それさえも嫌だったと言われたらもう立ち直れない。怖くなってぎゅっとスカートを握りしめた。
「...嫌だった?」
「そうじゃなくて...我慢できなくなります。もっとあなたに触れたいと思ってしまうので...」
驚いた。いつもクールで落ち着きのあるあの赤葦くんの顔が真っ赤だ。
「我慢、してたの...?」
「はい、凪沙さんに怖い思いはさせたくないので」
真っ赤な赤葦くんが狼狽えているのが少し面白くて、これを言ったらどうなるんだろうといつの間にか楽しんでいる。こういうところは年下らしくて可愛いなあ、とこの時はそう思っていた。
「すきにして、いいよ...?」
その瞬間視界がぶれ、気づくと天井と赤葦くんのムスッとした表情だけが見えていた。
「...凪沙さん、遊んでますね?」
「えっと...あはは...」
間違いない。彼は怒っている。
「あなたがそう言うなら、俺の好きにさせてもらいます」
「んぅっ」
怒った赤葦くんに唇を塞がれ抱き締められる。ごめんねの気持ちを込めて、そっと彼の背中へと腕を回した。
***
診/断メーカーお題より
すきにして、いいよ。/何でもない振りをして/甘えるってどうすればいい?
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