これが恋なのだと自覚するまでそう時間は掛からなかった。彼女を自然と目で追ってしまっていたこともその自覚の一因である。しかし、それよりももっと強く確信が有り核心とも言えることに気付いてしまった。きっと、ずっと見ていれば気付きたくなくても自然と分かってしまう、彼女の視線の先。その先に居るのはいつも彼女の幼馴染みの松風天馬だった。
 彼女たちが入学後、幼馴染みだと知る前は大抵の人たちがあの二人は付き合ってるのかと大きな小声で噂したらしい。それも数日すれば幼馴染みなら、と皆は容易に納得し、噂もすぐに何処かに消えてしまったようであるが。
 だが幼馴染みなだけだからと言い訳をするのは、いつも彼女ではなく天馬くんのほうだと気付いたのはきっとほとんど居ないのだろう。
 実際、俺が二人と一緒に帰った際に尋ねてみたが、その時先に否定したのも天馬くんであった。俺はこの時、既に二人が付き合っていないことは他の人から聞いていた。ただ、どう反応が返ってくるのかが気になり、試してみただけであった。
 しかしそんな自分のちょっとの好奇心で聞いたことに俺はすぐさま後悔した。天馬くんの後ろで僅かに顔を曇らせた彼女に、申し訳なさでいっぱいなった。
 
 気づいてしまった彼女の想いは、気づいてしまった自分の想いと交わるはずが無かった。彼自身、気があるのかないのかは知らないが、奪ってやろうだなんて気にもなれなかった。天馬くんも自分の友人であるから、なんてそんな綺麗事ではなく、彼のことが好きな彼女を自分が好きになってしまったからであった。一体この気持ちを何処にやれば自分は気が済むのだろうか。相変わらず無意識に、楽しそうに彼の話をする目の前の彼女にちくりと胸が痛む。
 奪ってやれないなら、いっそこのまま、この形のまま彼女の傍に居れたら、なんて謙虚で健気なように見え、只の身勝手な台詞を狩屋は意を決してさらりと吐いた。

「天馬くんのこと好きなんだろ、俺が協力してあげるよ」

 嗚呼どうしてこんなに作り笑顔が得意なんだろうな。ぽかんとした顔をこちらに向ける彼女を、繕った顔でじっと見つめた。「…ありがと、狩屋。」気恥ずかしそうに笑った彼女にもハリボテの顔は崩れない。
 
 ごめんね。俺は君が好きなんだ。





 私には好きな人が居る。大切な幼馴染みで、サッカーが大好きな少年だ。
 しかし幼馴染みという先天的な肩書きは、私の中では気づけば取っ払ってしまっていた。そして好きな人という肩書きをそっと抱えて生きてきた。誰にも気づかれないように、そっと。
 それなのに、最近ある人に気づかれてしまった。何でだろうか、募り募った気持ちがいつの間にか自分が気付かない間に溢れてしまったのだろうか。「ばればれだよ、葵ちゃん」そう言って苦笑いする彼は、私の好きな人よりずっと優しかった。ずっと私のことを女の子として扱ってくれ、気遣ってくれた。彼が私のことを好いてくれているのは少し前から知っていた。彼を好きになれば、私は今の苦しい気持ちから解放されて幸せになれるのだろうなんてバカなことも考えた。しかしそれは彼の為にも私の為にもならないことは明白だった。


「俺が協力してあげるよ、」

 にこりと私に笑いかけた顔は彼の作り笑いであった。そしてこの一言がきっかけで、最近彼と一緒に居ることが増えた。内緒話という名目で二人きりで話すことも増えた。これを見た天馬は私たちのことをどう思うのだろうか。たった少しでもヤキモチを妬いてくれただろうか、なんて思っていることは、目の前の彼にはきっとばればれなんだろうと推測してはぎゅっと胸が締め付けられた。
 好きになれなくて、利用して、ずるくて、ごめんね。そんな言葉を彼に伝えたら、きっと傷付けてしまうから口には出せなかった。
 
 私が好きなのは天馬なの。ごめんね。




 
 「葵ちゃんと狩屋くんって付き合ってるってほんと?」

 ある同じクラスの女子生徒にこう聞かれたとき、俺はとても間抜けな顔をしていたと思う。俺はそんなこと、葵からも狩屋からも聞いていなかったからその人には「多分、違うよ」と曖昧な返事を返した。その人はどうやら狩屋のファンのようで、よかったと微笑むと去って行った。
 その人は良かったかも知れないが、俺にとっては全然良くなかった。おかげで俺は二人のことが気になって気になって仕方がなくなった。そういえば、最近よく二人が一緒に居るのをよく見る気がする、と今更ながら感じた。二人は本当に付き合ってたりするのだろうか。何故だかむかむかとする胸をぐっと抑えた。この苦しい気持ちは何だ?二人に隠し事をされたから?疑問を頭にポンポンと浮かべては結局答えは見つからず、浮かんだ疑問をもみ消すかのように頭を振った。

「…天馬、何やってるの?」
「あ、葵!」

 いつの間に席に戻っていたのか、隣から不思議そうな顔をして葵はこちらを見ていた。吃驚して何も言えずにいる俺に、何でそんなにびっくりしてるのよと可笑そうに笑う彼女はいつも通りだった。嗚呼。なんだ。俺が昔から知ってる葵そのままじゃないか。それが分かると、少しだけすっと心が軽くなったような気がした。
 しかし、それと同時に狩屋とのことを聞きたいという思いがふつふつと沸いてきてしまった。聞きたい、聞きたい、気になる。でも今は聞けないから帰りにでも聞こう。
 それにしても付き合う、か。まだ中学生なのに葵たちはませてるなあと二人のことを勝手に決めつけ、何となくセンチメンタルな気分になり、窓の外を見つめた。好きだとか、付き合うだとか、俺にはよく分からない。でも昔からずっと一緒に居た葵が何だか遠くなったような気がして、少し寂しい気持ちになった。
 
 好きって気持ちが分からない。




*交じり混ざらないわたしたち

20120415


企画「△love triangles▽」様に提出しました
素敵な企画をありがとうございました…!
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