恐い程きれいな君は

翔ちゃん。長い年月を経て徐々に縮めてきた距離により、僕はあなたに心を、魂を呑まれてしまったみたいです。


15年前の6月9日、たった数秒早く酸素に触れただけで翔ちゃんは僕のお兄ちゃんになった。後を追うように生まれた僕は視点を変えれば翔ちゃんのために生まれたといっても過言ではない。翔ちゃんを追いかけて子宮から這い出たんだから翔ちゃんのために生まれたのだ。それは相対するシンメトリーな形容で生を受けた僕にしか成し得ないことで同じ容姿を纏ったからこその僕だった。翔ちゃん翔ちゃん、ぼくのいとしいしょうちゃん。

彩度の無い部屋で日差しに煌めく金の糸は目を見張る程の異彩を放っていた。光に透き通る陶器のように滑らかな肌は白の病室に溶け込んでしまいそうだったから尚更だ。美しい。それがこの世で1番美しいものだと確信したのはいつのことだったか。同じ細胞で出来た筈の僕の髪の毛は何故翔ちゃんと違うのだろう。でもそれでいい。翔ちゃんがどうしようもなく美しいのは世の真理だ。須らくそうある可き。天地が逆転しようと到底覆すことの出来ない事実なのだから。

「翔ちゃん」

白に埋もれる金糸を指で掬い上げる。眉間に力が篭ってから緩慢な動きでその縁取りは上下した。
かおる、と舌ったらずな咽喉の奥の音は微かでも確かに僕の鼓膜を震わせる。ああ、たまらない。僕の名前の韻を形作るその赤い唇を摘み取ってしまいたい。しかしそれは未来永劫、永久に、永遠に、つまり一生叶わない望みなのだ。
翔ちゃんは僕の翔ちゃんから皆の翔ちゃんになることを望んだ。願った。アイドルという虚像へ自らの身を投じたのだ。だが身体の弱い翔ちゃんには明るいばかりでない未来だったのは想像に難くない。レッスンの最中に酸素を取り込めなくなった肺は悲鳴をあげ、この病室に運び込まれたのは3日前。
ヒーローになりたかったんだよね、翔ちゃん。僕にとっては何時だってヒーローだった。泣き虫な僕に「泣くな、男だろ」って笑ってみせた翔ちゃんはすごく眩しくて格好良かった。広い世界を見ようと背伸びをしたからいけなかったんだ。この白い箱みたいに狭くて小さな空間に、僕の手の届くところにいたら良かったのに。

「ほんとしょうちゃんたらばかなんだから」

細長く切り取られた視界の中心には苦しそうに口を引き攣らせた翔ちゃんがいた。

「ごめん。ごめんな薫、」

どうしてそんなに哀しそうな瞳で笑うのだろう。皺の寄せられた眉間の意味は?

「…検診の時間だから、行くな」

カラカラと点滴のぶら下がった棒を引きずって小さな背中は扉の向こうに消えた。残ったのは甘い翔ちゃんの香りと混ざった消毒液のような匂いと僕。しなやかな肢体を潜らせていたシーツの海に沈んで同じように窓の外に目を向けると、それはそれは綺麗な青空が広がる。ほんの濁りもないそれは、まるであの瞳と似ていた。


(薫翔) ♪ノイロニテイル


20120804 (Sat)





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