三郎ちゃんのお耳



セレネside


「――……お、男は子供を連れて、あのビルの中に逃げ込み籠城中です。」
「加えて周辺に瘴気が広がって、今一般人を含む三十一名の汚染者が出ています。私も参加していますが、救護の医工騎士の数も足りていません」
「お姉ちゃんッ!?」

三郎ちゃんの説明を聞いていると、医工騎士に紛れて治療していたお姉ちゃんが、僕達の方へやって来た。………三郎ちゃんが言ってた男の容姿を聞くと、なんかダースベ〇ダーっぽいよね。「コーホー」とか言ってそう。
ていうか三十一人も汚染者がいるのに、医工騎士はお姉ちゃんを含めて1、2……六人しかいない。そりゃ回らないよ!誰か近くに来られる医工騎士いないのッ!?

「こ、子供は瓶の濃い瘴気をマトモに浴びていました。正直即死している可能性が高い」
「「ッ!!」」
「そそ…その上“左目”まで奪われたとなったら……せせっ正十字騎士團始まって以来の失態だッ!!」

そう吃りながら大声で焦る様に言う三郎ちゃんを見て、僕はやはり違和感しか感じなかった。







「とにかく急がないと、まず僕と父さん達で…」
「すみません!!私の息子はどうなったんですか…ッ!!エ゙ッ…ゲホッ……助けて下さい…ッ!!」

子供を拐われたお母さんが、僕達に駆け寄り助けを求めてきた。燐兄はそのお母さんを安心させる様に、「あんたの子供は必ず助けるッ!!」と自信満々に言うが、雪兄は襟元を引っ張り無理矢理引き下がらせ、「……もしもの場合も覚悟しておいて下さい」と不安にさせる様なことを言って、現場へ向かおうとする。

「そんなッ……!」
「……………」

お母さんは最悪の事態を想像し、顔を青ざめて体を震わせる。そんな様子を見た獅朗ちゃんは、お母さんに向かってこう言った。

「奥さん、確かに100%助けられるとは限らねぇ。けど俺達は全力で息子さんを助けに行くから……信じて待っていてほしい。」

お母さんの目を見て力強くそう言った獅朗ちゃんを見て、お母さんは体の震えが止まり、決心した表情で「はい」と返事をする。
流石獅朗ちゃん、フォローバッチリだね。
燐兄はお母さんを安心させる為、自分達はサトル君を助けようとしているという気持ちを伝えようとした。でも雪兄は絶対に助けられるという保障はないから、あまり期待させてはもしもの時が可哀想なので、覚悟しておけと伝えた。
どちらも大事なことだけど、若さ故に言葉が足りなかった。それを見た獅朗ちゃんがきちんと正しい対応をした結果、お母さんの不安を少なくさせた。……やっぱり言葉って大事だなと思い知らされたよ。

「兄さんはこの任務出るな。シュラさん父さん、頼みます。レイも、もしもの時はお願い」
「は!?」
「分かった、雪男も無理したら駄目だよ」
「ふざけんな!!俺も…ッ」
「……祓魔師は万能じゃない」

雪兄は建物の中に向かう前にレイを抱き締め、離した所で燐兄に向かって話し出す。

「助けられないこともある…約束するなッ!!」
「やる前から勝手に決めてんじゃねぇッ!!このビビリがッ!!」
「お前らこんな時に喧嘩するんじゃねぇッ!!」


ゴチーンッ!!

「「いっっってぇえええ/たぁあああッ!!」」
「お前らはどっちも良くて悪い言い方をしたんだ、言い合える立場じゃねぇだろッ!?」
「…………ごめん」
「…………僕も」

獅朗ちゃんに拳骨を食らって説教された二人は、少し渋りながらもお互いに謝る。それを見届けた獅朗ちゃんは、お姉ちゃんと一緒に汚染者のいる方へ向かった。
シュラに引き摺られていく燐兄を見ながら、雪兄が汚染防止用のスーツを着ていると(僕はハーフだから平気)、三郎ちゃんが話しかけてきた。

「お、奥村君」
「三郎ちゃんッ!?」
「わ、私も行かせて下さい…」
「体調は……」
「予防接種してますんで……責任者として参加したいんです」
「分かりました、行きましょう」

そう言って、他の祓魔師達と共にビルの中へ入っていく雪兄を見て、三郎ちゃんは笑みを浮かべていた。……僕には隠す気はないって感じだね。

『……セレネ』
「ん?どしたのさっちゃん」
『あのオッサン……人間じゃn「それじゃあ私達も行こうか、セレネちゃん」チッ……』
「??」

さっちゃんが僕の肩から何か言おうとしたが、三郎ちゃんがそれを遮る様にしてそう言い、僕の手を握った。なんて言おうとしたのか気になったが、三郎ちゃんは僕を引っ張って中へ入ろうとするので、そのまま着いていくことにした。


†††††††††††


「僕が先導します。藤堂さんとセレネは中央、後二人は殿を頼みます」

な、中は怖いよ……なんかバイオ〇ザードっぽいよ、ゾンビ出てきそう。マシンガン辺り装備しときたい所だけど、未だに三郎ちゃんに手を繋がれてるから取り出せない……誰かツッコもうよこの状況、なんで誰も気づかないの?

「――……この鳥は一体何なんですか?」
「え?擬金糸雀です…常に囀ずっていますが、瘴気を感じると鳴き止むので“左目”を追うのに…」
「ふーん」
「「燐兄/兄さんッ!?」」
「なんでここにいるのッ!!レイ達は…」
「全力で振り切った」

よく振り切ったなぁお姉ちゃんのこと……平然といるから吃驚したよ。燐兄曰く「お母さんに約束したから黙って待ってられない」そうだ。とりあえず燐兄には擬金糸雀でも持ってもらって、何もしないでくれと釘を刺す。

「到頭鳴きやんだか、マスク男はこの近くかもな」

そう言っていると、暗闇の先でユラリと揺れる影を発見した。男の傍にはサトル君が倒れている、呼吸はしているが重症のようだ……急がなければ命が危ないッ!!

「止まれッ!!」

雪兄がハンドガンを構えるが、男は一歩近づいてユラユラと揺れている。なんだか様子が可笑しい……?

「止まれッ!!もう一歩近づいたら撃……」

そう続けようとした雪兄だったが、男はドンッと破裂して消え去り、ガシャンと左目の入ったフラスコが落ちて割れる。

「「「ッ!!」」」
「………これは模造品か?」

急いで近寄り左目を拾った雪兄。しかしそれを触って見ると、ゴムボールの様な感触でブニョッとしている。偽物だと雪兄が気づいたその瞬間、三郎ちゃんは背後から雪兄を蹴ってバランスを崩させる。

「なッ……!!三郎ちゃんッ!?」
「雪男ッ!!」
「と、藤堂さんッ…!!」
「うーん、バレちゃあしょうがない…出来る限りの時間稼ぎをさせてもらおう」

そう言って三郎ちゃんは自身の防護服を破り捨て、本来の姿を晒け出す。三郎ちゃんいつの間に悪魔落ちしてたの……ていうか、言っても良いかな?

「三郎ちゃん、獣耳は女の子が着けると可愛いんであって、おっちゃんが着けても別に萌えないよ」
「ハハハッ!!君は本当にシリアス壊すの得意だねッ!!あとオッサンは余計だよ」
「だって実年齢56さ「アハハ、態々言わなくていいよ」ガシッ ふぁい…」

実年齢を言おうとしたら顔面鷲掴みされた、痛ひ……。雪兄達は三郎ちゃんの姿を見て驚き焦っている。

「兄さん、その子には一刻の猶予もないッ!!早く外へ連れて逃げてくれッ!!」
「分かった…ッ!!」

ハンドガンを三郎ちゃんに構えながら言う雪兄に燐兄は頷き、サトル君を抱えて壁を伝い逃げようとした……が。

「おっと、それはまだ困るかな…」
「うわッ!!」

三郎ちゃんは燐兄に黒い霧を向け行く手を阻む。燐兄はそれを阻止する為に炎を出すが、サトル君は「ぎゃあああッ!!」と悲痛な叫びをあげた。
恐らく、炎で焼かれた胞子が修復しようとしているのだろう。急に増殖し始め、サトル君の状況が悪化してしまった。

「兄さんッ!!」
「君の相手は私だろう?」
「ッ!!」

雪兄は燐兄を心配するが、三郎ちゃんは雪兄の頭を蹴って体制を崩させ、倒れた雪兄の背中に足を置き立てないようにする。雪兄を拘束した今でも、三郎ちゃんは何故か僕の手を掴んで離そうとしない。

「ちょっと三郎ちゃん離してよッ!!“炎の精霊よ、今一瞬の全てのムグッ!!「おっと、今は大人しくしてくれないかな?」」
『……………おいオッサン、いい加減その手を離さねェと…「良いのかい?今セレネちゃんは私の手の中だよ?」……チッ、テメェいつか覚えてろ』

大変だ、誰も身動きとれないッ!!
なんか僕人質みたいなポジションになってるッ!!足手まといなんてイヤァアアアッ!!口塞がれて召喚出来ないしッ!!

「………君を見ていると、まるで昔の自分を見ているようだね」

三郎ちゃんは、全員が身動きをとれないことを確認した後、雪兄に語りかける。

「気付けば生まれた時から運命のレールの上を走らされ、長年の疑問を口にする事もできず……犬のように組織の……一族の為に働いてきた。父の様に、兄の様になりたかった。だがそうやって生きてきた私に残ったものは何だ」

そう言って、三郎ちゃんは過去の自分を嘲笑うかの様にフッと笑いこう言った。

「…………無だよ」

しかし三郎ちゃんはすぐに笑うのをやめ、更に話を続ける。

「だから私は、この気持ちを認めてしまうことにしたんだ。父を、兄を、組織を……この世界全てを憎んでいるという事を……!」

そう言った三郎ちゃんだったが、何故か憎しみの表情ではなく悲しそうな表情をしていた。憎む気持ちは、確かにあるのかもしれない。しかしもしかすると、単純に家族を思う気持ちは少しはあったのではないだろうか。
長年共にいた家族なのだ、いくら憎んでいたとしても、やはり心配してしまったりするものだ。家族との縁は切ろうとしても中々切れないものである。

「そしたらどうだ……一旦認めてしまえば、こんなにも素晴らしい。私に欠けていたピースが埋まったかのようだ」

三郎ちゃんは先程と打って変わり、今度は楽しげにそう話す。なんだかイキイキとしている……そっか、三郎ちゃんは過去の自分も家族に少し情が残ってしまう自分も全て認めた上で、今の自分を選んだんだ。
僕はそんな三郎ちゃんを見てギュッと腰に抱きつくと、三郎ちゃん含め全員が驚き動揺する。

「ど、どうしたんだい?あんなに私を避けていたのに、急に大胆になったね」
「三郎ちゃん……今、楽しい?」
「…………うん、あの頃よりずっと楽しいよ」

そう言って、僕を抱き締め返す三郎ちゃん。

「そっか……全てを認めた上で今の自分を選んだんだよね、前よりもずっとイキイキしてる。三郎ちゃんが今の方が楽しいなら……僕は何も言わないよ」
「…………ハハ、君がもっと早くに産まれていたらなぁ。もっと出会うのが早かったら………」
「?」
「………貴方が弱く、悪魔の誘惑に負けたというだけの話でしょう。」
「弱さは誰の心にもあるものだ、それを認めるのは怖いかな?」

僅かな抵抗として雪兄は三郎ちゃんに反論するが、三郎ちゃんの返答に冷や汗を垂らす。ていうか三郎ちゃん今呟いてたけどどういう意味だろう?

「……早く、セレネを離せ…ッ!」
「そうだなぁ、そろそろ頃合いのようだし……名残惜しいけど退散しよう。あいたたた……腰が……」
「三郎ちゃんお年寄りみたi…ムギュッ!!「ハハハ、お年寄りは余計だよ」アッチョンブリケッ!!」

雪兄の苦し紛れに「僕を離せ」と言った言葉に応え、三郎ちゃんは雪兄から足を退ける。お年寄りみたいだと言おうとしたら、両頬をムギュッと潰された。ちょっとピ〇子になっちゃうからやめてッ!!

「期せずして君たち兄弟と話すことが出来て、中々楽しかったよ。今は分からなくとも、私の言葉はゆっくりと君の全身を廻るだろう。その時はいつでも……歓迎するよ、奥村雪男君」

そう言って、三郎ちゃんは僕に「また会おう」と言って影に溶け込み消えていった。


To be continued…
*H27.5/6 執筆。



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