あめが、ふっていた。


「大丈夫?」

ぽん、と頭に乗せられた手は白く細く穏やかで温かだった。大丈夫に見えるわけもないんだろう。だからこうして、彼が傍にいてくれるわけだ。こういう時にだけ気を使って優しくしてくれるから本当におかしくなりそうだ。――否、好きになってしまうと言うべきか。そして、雨とは違う別の雫が手の甲を濡らす。彼はたぶんそれに気づいていたけれど見ない振りをして傘を私に傾けてくれた。


「…濡れちゃうよ」


わたしは誤魔化すように彼の肩の水を吸って色の変わった部分を指さして言う。もうすでに傘の外にさらされて濡れてしまっているそこは悲しげに色濃くなっていた。見ていると切ない気分になって思わず目を背けてしまう。


「人の心配する余裕はあるんだ?」


へえ?と自虐的に口角があげられた。それから、ポケットに手を突っ込んで手に掴んだものをわたしの前へゆっくりと差し出す。これは、まさか。よく見覚えのあるピアスだった。時にはわたしを暴力で傷つけ時にはわたしの稼いだお金を巻き上げ、それでもわたしが今日まで恋人と呼び続けた男のもの。


「これ、――…」

「あんたは、守られるべきだ」


女の子なんだからさ。優しく美しい彼の笑顔に見とれてしまったのは言うまでもない。嗚呼、彼は卑怯者だ。そうやってわたしが弱っているときにだけ優しくしてみせる。あいつはこの俺がやっつけてあげたから安心してね。大仰に手を広げて言ってみせる彼に惚れてしまいそうなわたしはどうかしているのだろうか。


「いざ、や…」

「なに?」

「ありがとう」

「…どういたしまして」


少しおどけたように茶化すように彼は言う。それでもわたしを捉えたままの赤い瞳は全く笑っていない。怖くなって視線を落とす。目に入ったのは彼の綺麗な手。彼の掌にちょこんと乗ったままのわたしが彼に選んであげたちょうちょのピアスは所々不気味に赤黒く染まっていた。それが外灯に照らされ煌々と光る。つまり、こういうことか。このピアスは話し合いの結果臨也が譲り受けたわけではなく――文字通りやっつけ奪ったものである、という。
気づいてしまったら吐き気が止まらなかった。出来ることならこの場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。
嗚呼、臨也もそして――弱い女を装いそのぶん男性を傷つけているわたしも卑怯者だ。
付き合った男性が酷いことするのをすべて仕組まれたことだととっくに気づいているのに、臨也に甘え縋ってしまうわたしは卑怯者以下なのかも知れない。


「卑怯者なもんか、」


臨也はわたしを見て優しく言った。


「きみは沢山沢山怖い男の人と恋をして、いつか俺のところに戻ってくるんだ。なぜなら、君の味方はこの俺しかいないんだからね」

彼はまるで英雄のように堂々と、英雄のように素敵に笑う。
ああ、そうか、と気づいた。依存しているつもりで依存されていたんだ。

彼が英雄なものか。自嘲するのと同時に、なんだか消えてしまいたくなった。


冷たい雨に打たれて死にたい





英雄さまへ!