最後の鐘が鳴り響き遂にわたしたちはこの学校の生徒ではなくなった。それからの行動は様々だ。先生に卒業したくないよと泣きつくもの。証書を片手に早々と帰宅するもの。誇らしげに親に写真を撮ってもらっているもの。わたしがとった行動はその中のどれもに当てはまるようで実は全然違っていた。

「せんせ」

化学準備室で一服している後ろ姿に呼びかけると彼は如何にも怠そうにこちらを見た。つくづくやる気のない先生だと思う。終了後すぐにこの部屋に戻ってきて一服するなんてまるで卒業式をやりたくないみたいじゃないか。とかなんとかもやもやが心を渦巻いていると、先生は呆れたように笑う。

「おまえさんか」

「…わたしじゃいけないですか」

「いや、…相変わらずだと思ってな」

こんなところに来るなんてよ。そんなことをいつも以上に寂しそうに言うからなにも言えなくなってしまう。そうだよね、もうお別れしなくちゃいけないんだもんね。自分に言い聞かせてから今までお世話になりましたと頭を下げると先生はこちらに目もくれず背中を向けるように元の体勢に戻ってああとだけ言った。わたしが生徒としてこの部屋に来るのはきっと最後で、これで一歩校門の外に出てしまったらただの部外者になってしまうんだ。そう思ったらなんだか急に寂しくなって悲しくなって胸が冷たい風に晒されているかのようにすーすーとした。その喪失感のような不思議な痛みに目を閉じると同時に涙がこぼれ落ちる。


「…お別れ、なんて。したくないです」


精一杯の我が儘を呟いてみる。先生は聞こえていないのか、それとも聞こえていない振りをしているのか――ふう、と薄灰色の煙を吐き出した。苦手な煙のにおいが部屋の中に充満する。苦手だけど落ち着くにおいだ。このにおいにもお別れしなくちゃいけないんだと思うとより悲しみがこみ上げてきたけれど涙だけはこぼさないように唇をかみしめていた。


「せんせ、」

「ん?」

「大好きだったって、…知ってましたか」

「……まあ、な。ただ俺はずっと――」

現在進行形だと思っていたが、気のせいだったか。先生はようやく椅子を引いてわたしを見た。先生はなんでも知ってるんですね。涙声でそう問うと先生は困ったように笑って言った。だって俺は先生だからな。それからわたしを見据えて静かに問いかける。


「お前さんは、中馬先生と中馬鉄治のどっちが好きなんだ?」

「…――ん?なにを突然……でも、そうですね。答えるならば――なんでも知ってる中馬先生よりも、だらしがなくて変な薬品ばっかり作ってそんなところを直したいと心から思っている…中馬鉄治の方です」

「…そう、か」


そりゃあ良かった。先生は緩やかに口角を上げ優しく目を細めて笑った。それから、つられて微笑むわたしの目の前にここらへんで有名な遊園地のチケットを差し出してひらひらと振って見せた。そのチケットは全部で三枚。あれれと首を傾げると先生は悪戯っぽく笑った。


「俺の愛娘と、3人ってことで」

「へ、でも、」

「スズと約束してんだ。大切な人が出来たら絶対紹介するって」


行ってくれるよな。そんな言葉を聞く前にわたしは先生の胸に飛び込んだ。苦手なはずの煙の匂いを胸一杯吸い込んだからか、また涙が溢れて止まらなかったから先生胸に肩を埋めて泣いた。



卒業式の後に






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