「最後、って嫌な響きだねぇ」


今日でこの学校へ来るのが最後になった彼女はそう言って薄く笑う。片手には卒業祝いに後輩から貰ったのであろう花束を沢山抱えて、もう一方には卒業証書の入った筒を握り締めていた。いつも腕にしていた腕章はもう俺に譲られ、そのせいか珍しくしっかり着ている制服がどこか寂しい。


「卒業、おめでとうございます」


俺が静かに言うと彼女ははにかんでみんなを泣かせた答辞を読んだ声で止めてよ照れるじゃんと応じ、証書で小突いてきた。それからふと、言う。

「こんな風に話すのも最後だね」


前生徒会長として次期会長である俺をいつも支えてくれたのは彼女だった。多分彼女の存在はとてもとても大きなもので、素朴で簡素な俺の生活の中で唯一華やかに色付いていたのは彼女と共に過ごす時だけだった。そんな大きな存在と別れる時が来るなんて微塵も考えてなくて。


「なんだかな、」

「全然そんな気がしないね」


くすくす、と彼女が笑った。その笑みは嬉しそうでも悲しそうでもなく、つられて俺も苦笑。そして。


「この制服を着るのも最後、この学校に来るのも最後、…――安形に会うのも最後、か」


楽観的で前向きで明るい彼女にしてはらしくない台詞を吐くと、小さく舌を打つ。それから小さな声で苦々しげに言葉を続けた。


「こんな大切なものを失うって分かってたらもっと一生懸命に生きたのにな…」

「そんなに…?」

「なんだろうね。よく分からないんだけど、この喪失感…大きな物を無くしちゃったんだなって、今になって思うの。だからね、…安形は残りの一年しっかり生きなよ。後悔しないように」

「後悔って、」

「一杯あるよ。例えば、…もっと早く安形と出会ってたら良かったのにとか。…一杯ね」


どくんどくんと脈を打つのが早くなるのが分かる。伏せられた大きな瞳も赤く染まった頬も震える唇も華奢な身体も小さな手もその美しい声から紡がれる言葉も、独り占めしてしまいたい。

そんな止まらない欲求につい口が滑る。


「もし、もっと早く俺と出会ってたら、あんたは…?」


思い上がりも甚だしい、彼女は社交辞令を言っただけなのにと言ってしまってから後悔。沈黙が続くと思った。俺の馬鹿馬鹿しい発言を彼女のは受け流す術もなく苦笑で誤魔化すと思った。

なのに、


「もっと沢山思い出を作ったよ。私、安形が大好きだったから。…会えなくなる前に沢山喋って、沢山笑いあって、沢山同じ時間を過ごしてた」


と彼女は即答したのだった。


「でも、そんなことも叶わずにこれで安形と会うのも最後で…私の恋も最後で、」


なんちゃって、と悲しそうに笑う彼女を抱き締めずには居られなかった。


「最後じゃねぇよ」


ちゃんと言えたのは数十秒後。


「まだ、これからだろ。沢山時間はあるんだから」


付き合おう、小さな声だったのに確かに届いていたらしく彼女はそこで初めて頬を涙で濡らした。


「卒業おめでとう、」


静かに先ほどの言葉を繰り返す。
すると今度はありがとうと真っ直ぐこちらを見て、彼女は言った。

嬉しそうに微笑んで。


僕らにとって別れとは
(単なる始まりに過ぎない)