「…年をとれば、いいんですよね」
「は、」


化学準備室で呟くと、私の言葉に反応して先生が振り返った。顔には意味が分からないと書いてある。教えたってどうせ理解してくれないでしょう?だから、説明せずに続ける。


「年をとる薬、ありましたよね?貸してくださいよ」
「お前さんは一体何に使う気なんだ?」
「先生には言いたくありません」
「……淫れ桜、飲ませるぞ」


とは言いつつ、意地でも喋らないだろうと勝手に決め付けてか先生はもう椅子を回転させて、いずれは爆薬になるのであろう薬品たちに向きなおった。どうせ、私への興味はその程度。私がどれだけ頑張っても(たとえば、毎日ここに通いつめたりね)先生の薬品に対する興味よりも小さくて。でも、その興味がどうやってもずっと一番として覆らないものだと諦めていたから今までやってこれたのに。まさか先生が。


「レミ先生とデートするなんて」
「…は、」


微妙に反応が遅れたのを私は聞き逃さなかった。やっぱり、本当に、そうなんだ。


「本当、なんですよね」
「……いや、」
「私、スズちゃんから聞いたんですから」
「……スズがか?」
「嘘、吐かないでください」


泣きそうになる。どうしよう、今、先生の前で泣くなんて。――私が先生のことを好きだと思われるじゃないか
そんなこと、きっとばれているけど。でも今は。


「それは誤解で、」
「言い訳は聞きたくないです。私――校長先生に、言いつけますから」


唇を強く噛んで、涙を堪えた。大丈夫、帰ったら思い切り泣けるんだから。と自分を励まして、大好きな先生をさらに追い詰めてゆく。醜いでしょう?でもまだ子供の私にはこれ位の反撃しか出来ないから。


「この学校、教師同士の恋愛って――禁止、でしたよね」
「何言って、」
「私、本気ですから!」
「だから違うんだって、」


いつもみたいに冷静でいられたら、多分先生の言い訳もちゃんと聞いてあげられて俺を分かってくれるのはお前だけだなんていつもみたいに先生が笑うのだろうけど今日はそう行きそうにない。だって、私は冷静じゃないから。人間は冷静を失うと思ってもみないことを口にしてしまうらしい。例えば本音。だから私は先生の前では冷静でいようと決めたのに。全然だめだ。


「私はずっと、先生を心から想っていたのに―――っ!!」


ほら、本音が口に出た。自分の声が化学準備室に響き、その反響を聞いて嗚呼と思う。やってしまった。絶対にやってはいけないことを。教師同士の恋愛よりも重い罪。教師と生徒という間柄での色恋。俯く前に先生を見ると、先生は見事なまでに固まっていた。驚いた、という表情で。そんな顔、するなんて。やっぱり私は恋愛対象外なんだと改めて分かって、溜息。続いて涙。


「…らしくねぇよなぁ。本当に、らしくねぇ」


そんな言葉が溜息と共に中馬先生の口からこぼれ出た。意味が分からずにへ?と顔を上げれば目の前には中馬先生の胸があって。
強く、強く抱きすくめられている、と気がついた時には私の唇と先生のそれとが触れていた。


「…俺もだよ。ずっと、気がついているとばかり思っていた。でもお前さんはよっぽど鈍感だったらしい」
「そん、なこと、…」
「俺は、お前が好きだよ」
「せ、んせ…」
「スズを紹介したのだってその為だ。いつかお前の母親になるかも知れねえ人だって言っておいた」


だから、


「お前が高校を卒業したら、結婚しよう」



先生、痛いです。

強く、抱きしめられた体が痛くて声が上手く出ません。
返事が胸に喉に詰まって上手く言葉になりません。
零れた涙も拭えずに私は間抜け面でしょう。
でも嬉しいです。先生が私を選んでくれたという事実が本当に嬉しいです。

私を、貴方のお嫁さんにして下さい。




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空葬様へ提出。