平和島さんは、どうしてわたしのことが好きなんですか。



問いかけると、サングラス越しに見える平和島さんの目が微かに曇るのが分かった。どうして、問われても困る質問だと自分でも分かる。だって平和島さんは私のことが好きじゃないもの。ただ、同情してくれているだけ。そんな簡単なことに、彼自身はまだ気づいていないようだけれど。


最初に彼がここを訪ねてくれたのは、通りすがりの私が折原臨也の代わりに大怪我を負ったからで、私に直撃した標識を放った張本人こそが彼だっただからだ。名前も知らない私に花束を渡して、ごめんなって平謝りしてくれたのを良く覚えている。
私の方はと言えば、中学の先輩だった平和島さんを探し求めてこの街まで来たわけでその時そこに居た理由は唯一つ、平和島さんに会いに来た。もちろん、話したこともない後輩を彼が知るはずもなく少しだけ夢を膨らませていたわたしの心に初めましてと言う言葉が深く深く突き刺さった。それでも予想の範疇だったからまだ良かったけれど。


それよりもさらに深く私を傷つけたのは折原臨也という存在だった。私が誰よりも信望していた情報屋は平和島静雄を知らないと言い張り、仕舞いには死んだのだと嘯いたのだ。あの仲の悪さなら、とそのことを半ば許してしまえる自分自身もまだ心の何処かで彼に心酔しているようで腹立たしい。いつものように彼が平和島さんに追い回されているところにたまたま私が通りすがらなければ、私は一生平和島さんに出会えなかったかも知れない訳だし。
いやあ本当にごめんねすっかり忘れてたよ。私の為に平和島さんが持ってきた果物を器用に剥いて口に運びながらへらへらと言って見せた彼の頬を思い切り抓ってやれば良かったと彼が来なくなった今思っても遅い。
まあその彼が来なくなった理由も平和島さんが毎日出入りするから、という私にとって喜ばしい理由だからそのことをとやかく言うつもりはないけれど。



す、顔を僅かに上げて私に何か言おうとする彼より前に私は口を開く。口下手な平和島さんにきっとこんな質問は難しすぎる。ならば。


「ねえ、平和島さん」

「…ん、」

「どうして、付き合おうって言ってくれたんですか」


いまでも彼を苗字で呼ぶのだって、私の中の礼儀であり境界であった。平和島さんは私のことが好きなんじゃなくて、怪我をした私を見舞う自分が好きなんだ。分かってしまう自分が辛かった。そんな現実を直視してしまうのが怖くて、私は俯いてしまう。哀しそうにこちらを見る平和島さんと目を合わせたなら泣いてしまいそうな気がして。


「どうして…とか、」

「…へ、」

「聞かれても分かんねえよ。オレ頭悪いからさ。でも、」


お前を笑顔にしたいって、そう思ったんだ


「いっつも泣きそうな顔してたお前を、笑わせたいって。そういうのじゃ、ダメか?」


いつになく、哀しそうに私を抱きしめてくれた彼の体温はいつものように私より少しだけ温かくて涙がこぼれた。なんだ、わたしたちお互いに想い合っていたんじゃないか。お互いの幸せを願い合っていたんじゃないか。勘違いを真実に書き換えた今は心臓がいつもより五月蠅くて、この音が私を抱きしめている腕を伝って平和島さんに聞こえなければいいなと思った。


切り札は最弱なる自分


「ねえ、平和島さん」

耳のすぐ傍で囁きかけると彼は擽ったそうにん、と返事をした。

「名前で呼んでもいいですか」

そんな問い掛けに彼は驚いたのかぴくり、と体を振るわせしばらくしてからもちろんだと言った。ゆるり、嬉しさについ頬が緩む。


「そんなふうに嬉しそうに笑うところが見たかったんだ」


オレは幸せものだな。優しく頭をなでてくれた平和島さんの温もりに私はまた泣き出しそうになった。



(私が彼と出会えたのは、凡庸でも最強でもなく最弱であったが故)





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