ごめんね、別れよう

自然と口が動いた。彼も、もちろん私も、望んだ訳じゃないのにどうして。折原臨也はそう言うと思う。でも私は一瞬でも恋人を疑ってしまった自分を許すことが出来なかった。彼は――平和島さんは気にするなと笑っていたけれど。けれど、私たちの間には既に埋まらない溝が線を引いていた。ぽろぽろ涙が零れ落ちていく。愛してるのに愛してるのに愛してるのに!なんで苦しまなければならないのだろう、意味が分からない。ううん、分かる。本当は分かっている。ただ、分かるまいとしているだけ。折原臨也の思惑通りに。悔しくて携帯を耳から離すと私はそれを本来閉じるべき方向とは逆向きに、へし折った。ぱきん、と乾いた音。おい待てよ、そう続く筈だった平和島さんの声もぶつりと途絶えた。さようなら、心の中で何度も何度も唱えてそれを空のゴミ箱へと放り込む。からん、音を立てたのは携帯とそこについていた平和島さんとお揃いのキーホルダー。2つ合わせるとハート型になるものだ。要らない要らない、捨てなきゃ。何度も呪文のように唱えたのに私の手はゴミ箱へと伸びていた。


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きっかけは折原臨也からのメールだった。そのメールに本文はなく、写真だけが添付されていた。その写真には大好きな大好きな平和島さんが、私じゃない女の子と楽しそうにお喋りしているところが写っていた。いまの私ならそんなもの微塵も信じないだろうが、あのときの私は――折原臨也を信頼しきっていた私は平和島さんが浮気したのだと、そう勘違いした。そして、平和島さんに酷いことを沢山言った。平和島さんを沢山沢山傷つけた。
しばらくしてからあの写真は嘘だったと、折原臨也の作った物だと――折原臨也が私たちを引き離すために作った物だったと気づいて、でもその時にはもう手遅れだった。平和島さんはお前は悪くないと笑って許してくれたけれど、私は私を許せなかった。同時に平和島さんでなく折原臨也を信じた自分が不甲斐なかった。


だから私は、自ら彼と別れることを決意した。身勝手なのは分かっている。だけど、平和島さんには幸せになって欲しいから。私みたいな女じゃない人と幸せを見つけて欲しいから。私は、彼に別れを告げた。



幸せになる前に
(分かってる、分かってるの)
(愛してるから苦しいって)














新しい携帯についたキーホルダーを眺めながら、そんな事を回想していると突然それが音を立てた。びくり、思わず肩を震わせてしまう。だっておかしいことこの上ない。池袋を離れてから友達などまだいないのだから、私の連絡先など誰も知るはずがないのに。間違い電話かもしれない。でも、なんとなく出なければいけない気がした。恐る恐るそれを開くと見覚えのある番号が並んでいた。耳に当てると、大好きな人の声が零れる。

「もしもし…元気か?久しぶりだな…いや、全然久しぶりなんかじゃないか、1ヶ月なんか。でもお前がいない時間は俺にとってすごくすごく長いんだ…その、上手く言えねえけど、お前がいないとつまらねえんだよ。だから、戻ってきてくれねえか。…あ、番号はノミ蟲に聞いた。…勝手にごめんな。つか、あの野郎はなんで知ってるんだ今度コロす!絶対コロす!!」


別れたはずなのに。なのに、彼の声を聞いて安心して笑んでしまう自分はやっぱりまだ平和島さんが好きなのだろう。涙で視界が霞んでゆく。今どこにいるんだ迎えにいく、そう問われて答えるのに詰まってしまった。まだこんな私を好きでいてくれるの、問い返すと彼は優しい声でお前じゃなきゃダメだと言った。小さく住所を告げると、ぽたりぽたりと涙が落ちる。平和島さんは電話越しにそれを察して、電話を切る前に俺が拭ってやると言った。今度は私もさよならと言わなかった。




(幸せは貴方とじゃないと見つからないと、気づいたの)








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宇宙さまへ提出。
大好きな人との別れ、が企画様のテーマでしたが私の中では別れてから、がテーマでした。やっぱり悲しくて寂しくて、辛いんですよね。