10 背中(確認) ナインとクイーン


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「確かに我が校は、アルバイト禁止ではありませんが……」
「しゃあねえじゃん……頼まれたんだよ、二日間だけ」

ふくれっ面……とまではいかないが
クイーンは浮かない顔をしながら
ぼやくナインの横顔をにらみつけている

学生にとっては楽しみであろうはずの休憩時間だが
ナインのバイト発言はクイーンの心に暗雲を湧かせていた

そのせいで週末の買い物デートの予定が延びることになり
飲みかけのブリックの飲み物を握りしめたまま
屋上で二人、秋晴れの空を見上げていたのだった

「わたくしは……あなたが労働でお金を頂くことに
決して反対ではありませんよ?
ですが……その仕事の内容は……大丈夫なのですか?」

「ん? ただ、あれだろ? 茶とか運んでやるだけだろ?」

クイーンが懸念しているのは
ナインが接客業のアルバイトをこなせるのかということと

頼まれたその仕事が『執事カフェ』だったからだ





「君がトレイ君の代理?」
「おぅ……じゃねぇ、はい」

店主のクオンはナインをつま先まで
舐めるように見てから、軽く失笑した……が

ナインはクオンの態度など気にもならないらしく
店のやや可愛らしい洋装に、落ち着かない様子だった

「……一先ず、着替えて。ロッカーはそこのを使ってきて
ただ君、少し顔の傷が目立つな……これでも使ってくれ給え、度は入っていない」

伊達メガネを渡され、店長のクオンにロッカーに追いやられながら
ナインは少しだけいつもトレイがこんなところで働いているということに
少なからず興味を抱いていた

「面倒な服だな、あ? これどうやって結ぶんだ?」

結局ナインは蝶ネクタイだけ自分で結べずロッカーから出てきたが
上背があるからか、伊達メガネをかけさえすれば
なるほど、馬子にも衣裳といった様子だった

「トレイ君が全国模試を受けている間の二日間だけだから
悪いが制服は彼のものを使って、接客はなるべくこちらがフォローするよ」

「ぉお……すんません」

「申し訳ございません……だ。お客様の前ではくれぐれもその言葉遣い
気を付けてくれ給えよ?」

口を開けば何か文句を言われそうなので
ナインは渋々、口を閉ざすことにした

「なんか思ったよりつまんなさそーだな、こりゃ」

クオンの耳に届かないほどの小声で
ナインはそうぼやいた





クイーンは保護者のような気持ちで
ナインのバイト先まで来ていた

「私もこのような店、入ったことは無いけれど……
ナインお客様に迷惑をかけていないかしら……?」

気が気で無いといった様子で
店の外でそわそわしていると
他のバイト店員に声をかけられてしまった

「いらっしゃいませ……店内はまだ席が空いてございますが」
「え……あの……」

しどろもどろと答えながらも
クイーンは意を決して店内に入り
辺りを見回してみた

「あの……今日新しい人が入っていませんか?
顔に傷のある、背の高い……」

クイーンは他のお客に接客をして
ナインが何かやらかしてしまう前に
自分用のテーブルに着かせておこうと思ったのだ

しかし、ナインは外のテラス席で接客をしているので
終わり次第こちらに来させますと
エンラという名のベテランが、恭しく頭を下げた


ナインが今何をしているのかはわからなかったが
仕方なくクイーンは紅茶を頼み、バッグから文庫を取り出した

いつもは集中してあっという間に読み切ってしまう彼女も
さすがに今日は、本の内容が頭に入って来ず

ナインに振り回されている感が
どうにも苛立ちを募らせていた


すると、窓の景色の左隅に
かすかにナインらしき男の背中が見えた

きっとOLであろう二十代の女性二人のテーブルに
ナインは笑顔で話しかけているのが見えた

「……執事とは思えないだらしない顔ですわね……」

少しクイーンはむくれたが
女性たちが笑顔でナインを見ているのを横目に

「そうでしょう……ナインだって、普通にしていれば
背も高いし、端正な顔をしているのです……」

と、何故か誇らしく感じていた

「今だけ、その笑顔……貸して差し上げます」

嫉妬している自分を隠すように
そう呟いて
本に再び視線を戻した


10分ほどして、ナインがクイーンのテーブルに着いた時には
クイーンは何食わぬ顔をして

「あと2時間ほどですが、しっかりお勤めなさってください
わたくしは図書館に行っておりますので」

それだけ言って、ナインを再び仕事に戻らせた

正装しているナインを見るのは
初めてかもしれなかった

何度言っても制服を着崩す彼が
ぴしりとタイを締め、前髪を上げて伊達メガネで傷を隠していた

別人かと思うほど立派に見えたが
動揺してなるものか、とクイーンは平静を装った


「じゃぁ、終わったら迎えにいっからよ!」

クイーンの背中にそう言うと
ナインは再び仕事に戻って行った




図書館に自転車で迎えに来たナインは
駐輪場で携帯を鳴らし、クイーンと待ち合わせた

ナインの自転車の後ろに横乗りになったクイーンは
背中を抱きしめるように、腕を回した

「ちゃんと掴まったか? 行くぞ」
「えぇ」

ナインの匂いを感じながら
クイーンは今日のナインを思い返していた

駐輪場で待ち合わせ彼は
数時間前が嘘のように、いつもの彼に戻っていた

ジーンズにお気に入りのパーカー
大きなスニーカーと、少し整髪料の匂いがした

「やっぱり、いつものナインですわね」

「……んぁ? なんか言ったか?」

「いえ……」

ナインの背に額を押し当て
クイーンは思った

誇らしげに思えた、背筋のしゃんと伸びたナイン
そして、彼が他の女性客に見せた、いつもと違う笑顔

「……わたくしだけですよ?」

「ん?」

まるで自分のものだと確認しているかのように
そっとナインの背中にクイーンは口づけた


「今度、バイト代入ったら、なんか奢ってやるよ!」

「そんな、大事に使ってください……せっかくのバイト代を」

「気にすんなって!」


クイーンを送るためにペダルをこぐナインは
たまには良いなと思いながら
クイーンの温もりを感じ、一人顔をほころばせていた

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