01 髪(思慕) サイスとクラサメ

『キャバ嬢サイスとその客クラサメ』というパラレル設定となっております。
ご注意ください。


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大鏡の前でマスカラを塗る時間は、誰にも話しかけてほしく無い

サイスはそう思いながら指先に全神経を集中させ
マスカラのたっぷりついたブラシで睫毛を撫で上げた

いつにも増して緊張しながら、それでも丁寧に
自分の顔を睨み、何度もチェックしながらパチパチと瞬きしてみせた

「ん……」

満足いく出来というわけでもなさそうだったが

これ以上時間をかけていると、人が来る
あまり鏡の前を、開店前に陣取るわけにもいかない

しかし、そうはいっても今日は彼が来る日だ
有り余る気合いを込めて
今度は肌のチェックをするかのように鏡を見た


「いい加減、携帯番号教えてくれねぇかなぁ……」

そんなことをボヤきながらも
どこか彼女の心は弾んでいた

もう一度今度は結った髪をチェックしていると
左後方の入り口側から、妙に明るい声が飛んできた

「ねぇ、まだ使う?」
「……あ、もういいよ」
「オッケー、じゃあごめん」

控室に入って来るなりカルラは
化粧ポーチをドカンと鏡の前に置いた

客商売にはもってこいの愛想の良さで
自分などよりもずっと売れている彼女は
サイスなど眼中に入っていないからなのか不明だが
この店で唯一まともに話してくる相手だった

何処か足の引っ張り合いになるのが常のキャバ嬢同士

サイスは店でもダントツで協調性が無く
愛想も悪いため
一部の常連客以外には、あまり受けが良くなかった

「ねーぇ、サイス!」
「……なに?」
「今日、怖いぐらいメイク念入りだったよね〜 ……もしかして?」
「……」

サイスは冷やかされるのが嫌で敢えて答えなかったが
それが故でばらしてしまったようで
鏡越しにサイスの表情を見たカルラは
ニヤニヤ笑ってから、脂取り紙を一枚つまんでひらひら振り回した

「やっぱり〜!! 今日来るんだ!! クラサメさんだっけ?
あの人カッコいいよねぇ〜〜!!」

「……だったらなんだよっ!!」
「大丈夫! サイスのお客横取りしたりしないからさ!!」

この店以外でもそうだが、そんな女同士の会話ほど信用できないものだ
それぐらい、サイスが熱を上げているクラサメという相手が
色々な意味でサイスの上客なのである

「だって〜 けっこう固い仕事なんでしょ? それであのイケメンっぷり!
なのにあんまり遊んでないって感じが良いわよねぇ〜」


勝手に盛り上がるカルラに
下手に攻撃的に返して、彼に興味を持たれても困るし
自分に対抗意識を持たれても困る

サイスは自分の弱みを知られている事の不愉快さはあれど
無下に話題を変えることもできずに
無言でカルラを睨むしか出来なかった

それぐらい、サイスがカルラに勝てる要素が無かったのだ

その上客「クラサメ」が、なぜかいつもサイスを指名してくる事
そのほんの気まぐれな事実以外は


タバコを買ってくる事を口実に
その場を離れたサイスだったが
店の前に出た時には、何処かみじめな気持ちになっていた

彼がなぜ自分を指名してくれるのか
その理由を聞く勇気も無かったし
それなのに、その事実にすがって彼を待ってしまう

完全に惚れた弱みでしか無かった

店の外で呼び込みのナギに声をかけ
千円札を渡して買いに行かせた時

店の前でなぜか彼に会ってしまった

「……まだ開店前だろう? 随分早いな」
「えっと……買い出し待ってんだ、でも良いよ!」

すぐに店に入ってもらおうとしたが
クラサメは首を縦には振らずこう言った

「同伴でもするか?」

そう言って、左手の平をサイスに差し出した

「……う、うん」

完全に舞い上がったサイスは
タバコを買いに行って戻ってきたナギに

「わりぃ、それやるから! 同伴な!? すぐ戻るから!」

それだけ口早に言って、嬉しそうにクラサメの手を取って
雑踏の中に消えて行ってしまった

「同伴……って、出勤してからじゃ意味無くね?」

ナギはそういいながらも、タダで手に入れたタバコを軽く放り上げると
両掌でポンとキャッチしてから、セロファンをはがした





ネオンの攻撃的な光と、パチンコ店の騒音
常に人とぶつかるほどの雑踏と、その中での右手の感触

「冷たい手……」

サイスは彼の感触を皮膚から飲み込むかの勢いで
酔いしれていた


今ダケハ、彼ハアタシノモノ

背中にぶつかりそうになると、彼は後ろを振り返って
こちらを気遣ってくれる

そしてそのあと、ほんの少し
歩く歩調が緩やかになる

その彼のやさしさに胸が詰まって
抱きつきたくなるのを堪えるのが辛かった

「お前、夕飯は?」
「……え? …………ま、まだ」
「じゃあ先に食事にするか」

先に……という言葉の意味を色々考えて
チラリとネオンの奥にある宿泊施設を意識してしまう

何が食べたいのかを2度ほど聞かれて
ようやく我に返るほど
完全に意識してしまっていて
真っ赤になって答えたのが

「ハンバーグ……」

という小学生の様な答えだった

しかし、こんな赤っ恥であっても
滅多に笑わない彼の笑顔が見られたのだから
サイスは膨れながらも嬉しくて仕方なかったのだ

連れて行かれたのは
フードメニューが多いバールだったため
ちゃんと「ハンバーグ」が置いてあった

メニューを見て、好きなものを2、3 伝えて注文すると
唐突にクラサメがこう切り出してきた

「お前……なぜこの仕事をしてるんだ?」

まさか今更こんなことを聞かれると思わなかったため
サイスは面食らったが
それでも、頭を冷静にしながらこう答えた

「金が良いから……」

その答えに満足だったのか不満だったのか
クラサメは「そうか」と一言言ったっきりで
二人の間に沈黙が流れた

サイスはもっと違う言い方をすれば良かったのかを
頭の中で何度も考えていた

実際食べるためにやっている以外の理由は無いのだから

前菜が運ばれ、グラスを空けながら
念願の? ハンバーグを平らげる間もずっと

サイスは何か彼の気に入る様な事を言おうと
頭を巡らせては白紙に戻し続けていた
実は彼がこんな仕事の女が嫌いなのかもしれないとか
もっと仕事をして稼いで来いと言われるのかとか

彼女の頭は料理の味などわからない有様で
クラサメはそれを察し
失言だったと思い返していた


「口に合わなかったか?」
「そ、そんなことねぇって……」

店を出て会計を済ませたクラサメが
長財布をジャケットの内ポケットにしまいながら言った

「……私はお前の仕事をとやかく言いたかった訳じゃない」
「へ?」

お見通しだったのか
クラサメに言われてようやくサイスは我に返った

「思いのほか店が静かだったので、話しづらくてな」
「そっか……」

仕事の話をしたことすら、悪いと思っていたクラサメは
騒がしい店の外で初めて
サイスに詫びた

彼に嫌われたので無いのなら
もう何も怖いものは無い

サイスは途端にいつもの小悪魔的な顔に戻り
左手で手招きをして
耳打ちするしぐさをして見せた

クラサメがそっとしゃがんで耳を寄せた時
彼のこめかみにかかった髪に口づけながら

「携帯番号教えてくれたら許してやるよ」

と囁いた

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