17 腹(回帰) エースとデュース


bruler

「全軍撤退!! 全軍撤退!!」

大きな声を上げて伝令し続ける若い武官が
足早に近くを通り過ぎた

瓦礫と化した町は、まだあちこち燻って
どこからともなく火の粉が舞い降りてくる

焦げ臭いにおいが充満し
かすかに遠くから、砲撃の音に混じって悲鳴が聞こえた

そんな中
声を潜めながら、デュースは横にいたトレイに声をかけた

「戦闘……終了ですね、撤退命令が出ましたから」
「そうですね、デュース。 私は周りの様子を見て来ます。貴女はここに……」
「はい、トレイさんも気を付けて」

デュースはトレイが背を屈めながら
形を変えた家屋の端から出ていくのを見送った

彼女の膝の上には、未だ気を失ったエースがいたからだ

「エースさん、終わりましたよ。 後は魔導院に帰還するだけです」

返事は無かったが
デュースは安堵の表情で
エースの瞳にかかりそうな前髪を、指で梳いた

デュースに残った、ケアルたった一回分の魔力


しかしそれは、チームを組んでいた魔力も尽きたトレイや、
ずっと走り回っていたデュースにも、同じように貴重なものだった


せめてエースが気づいてさえくれれば
後は帰還すればよいだけだったのだ

エースがもし死亡して離脱していれば
魔導院にトレイに背負ってもらって帰れば良かったのだが

気を失ってしまっているだけで
瀕死ではあるが、エースはまだ息があったのだ

とはいえ、エースを背負うならトレイ自身を
エースが起き上がるならエース自身を回復させなければ
三人無事に魔導院に帰還することが難しかったのだ

その生死を分ける貴重な判断のため
デュースはエースが目覚めるのを
膝の上に彼の頭を置きながら、祈るように待っていたのだ

「迷子の足音……消えた」

いつもエースが口ずさむ歌を
デュースが歌い始めた

視界の端で、トレイが壊れた屋台組みの上に登って
辺りを見渡しているのが見える

この辺りは火の手も上がらず
建物の倒壊こそ、大きく見られたが

自分たちの任務は全うできていたので

後は戦闘終了までの間
息をひそめて生存し待機することだけが任務だったのだ

「そして炎になるのだろう……続く者の……」

デュースがこぼす様に歌う声に反応したか
エースがゆっくりと、その瞳を開けた

「っ!! エースさん……気がつきましたか?」
「あぁ……大丈……夫」

そうはいっても、エースはデュースの膝の上に乗せた頭を
すぐに起こすことは出来なかった

彼は戦闘中、爆風で思い切り壁にたたきつけられたので
頭を強く打っていたからだった

「痛みますか? でも良かった……
ケアル一回分だけ、魔力が残ってたんです。 待っててくださいね?」

そう言って、まるで子供をあやす様に
デュースはエースの頭に掌をあてて、呪文を詠唱した

小さな光が彼を包み、エースの顔色が少しずつ戻っていく

「大丈夫ですか? まだどこか痛みますか?」
「ん……」

心配そうに見下ろすデュースの顔を
ぼんやりとエースは見上げてから
じっとデュースの瞳を見つめた

まだどこか焦点の合っていないエースの視線を
心配そうに彼女が見つめていると

軽くエースが寝返りを打つようにして
デュースの腹部に顔をうずめた

「っ……! エ、エースさ……!?」
「ん……」

エースは懐かしい夢を見ていたのだ
その懐かしい夢を見せてくれていたのは

おそらく彼女なのだろうと
本能的に知っていたのだろう

しばらくデュースの腹部に顔を埋めてから
何事も無かったように起き上がり、礼を言った

「ありがとう、デュース。重かったろ?」
「え!? ……っいえ、全然っ!! ちっともですっ!!」
「足しびれて無いか? 動けなかったろ、すまなかったな」

エースがそういうと、後ろから戻ってきたトレイが
声をかけてきた

「デュースはずっと貴方を心配してくれていましたよ、エース
何処か痛むところはありませんか? そろそろ我々も撤収しましょう」

「あぁ、トレイもすまなかったな」
「いえ、さぁ戻りましょう、デュース……デュース?」

トレイが声をかけると
デュースは呆然としており

自分の腹部に手を当てて、硬直していた

「どうかしましたか? 足が痺れているのですか?」
「っえ? ……え、あ! ハイ……そうなんですっ!」
「まだ辺りに敵がいるかもしれません。
すぐに走れそうになるまで、ここを離れないほうが良いでしょう
準備が良ければ言ってください」

トレイの親切も、今のデュースには酷な話だった

自分の腹部に目を細めながら顔を埋めるエースを思い返して
鼓動が早鐘のようだったからだ
本当は何も気にせずに出発してくれたほうが
よほどデュースにはありがたかった

「……懐かしい夢を見ていた気がする」

ふと、エースがデュースの横に立ち
そんな事を言ってから、手を差し伸べた

「夢……ですか?」
「あぁ、何処か懐かしくて……でもどんな夢だったか思い出せないけど」

差し伸べれらた手に、デュースは手のひらを乗せた

細身で小柄だが、エースはその手を引いて
軽々と彼女を立たせた

「もう平気か? 足が痺れるまですまなかったな」

デュースはそんなエースの微笑みに
曖昧な返事を返すだけで精一杯だった

まるでわが子を抱く母親のように
エースを独り占めできたあの時間は
デュースにとってかけがえのないもので

そしてエースにとっても
彼女の膝の上で、優しい歌声を聴きながら目覚めたことは
いつものベンチやベッドの上より
何倍も幸福な目覚めだったのだ

そんな優しい彼女に知られぬよう
そっと腹部に寄せた唇の意味は

戦場で述べる事でもないと
エースは飲み込んだ

いつか彼女の奏でる音と
静かで健やかな目覚めとともに
伝えたいと願いながら

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