Log1 | ナノ


○月×日 晴れ


今日は朝から田吾作どののお宅を訪ねました。

初物の米が出来たので届けてくれるとのことでしたが、せっかくなのでこちらからお邪魔することにしました。

あんな重たい米俵を運んで腰を痛めたら、大変です。

奥方のお幸どのとは相変わらず仲睦まじいようで何よりでした。

さて、肝心のお米ですが、お幸どのが炊いてくれたものを頂きました。

さすがは田吾作どのの作ったお米といいましょうか、非常に美味でありました。



これならば我が殿も召し上がられるかと思い、さっそく城の厨房係に頼んで昼餉に出してもらいました。

すると、なんと殿がおかわりとはいかないまでの完食なさったのです。

後日、田吾作どのにはきちんとお礼をせねばなりません。


何が良いでしょうか―――





「―――い、」


「…やはり、お幸どのと揃いの夫婦箸でしょうか」


「――おい、」


「それとも率直にお金…でも、それでは風情がありませんね…」


「なまえ、」


「そうだ、もうすぐお子さんが生まれるとのことでしたから、おくるみでも―――」


「なまえ!」


「わぁっ!?」




突然の大声に、誤って筆を放り投げてしまった。




「何が突然なものか。先程から無視ばかりするとは、そんなに叩きのめされたいか?」


「とっ、殿!?」




畳に落ちる寸前のところで慌てて筆を捕まえ振り返ると、開け放たれた襖のところに背の高い細身の青年が立っていた。


眉目秀麗ではあるが、いささか細すぎる。


彼の名は石田三成、今まで日記を書いていた彼女――なまえの主だ。




三成は眉根を寄せてこちらを睨むように見つめている。


相当機嫌が悪いようだ。




「申し訳ありません、少々書き物をしておりまして……何かご用でございますか?」




筆を戻して向き直り、優しい声音で問いかけると、三成は少し機嫌を直したのか、眉間の皺が若干薄くなった。




「手合せの相手をしろ」


「今からですか?」


「当たり前だ。…不満か」


「いえ、そうではございません。…しかし、先に幸村どののお相手をさせて頂く約束になっておりましたので―――」




そこまで言って、なまえは口をつぐんだ。


一瞬にして三成の纏う空気が冷えたからだ。


その冷たさたるや、布で釘が打てそうなほどの見事な氷点下具合である。




「と、殿……?」




背筋が凍りつくのを感じながらおそるおそる尋ねると、彼は地の底から響くような声で言った。




「なまえ……」


「は…はい?」


「お前は、私よりも真田を優先させるのか…?」




ゴゴゴ、と効果音が付きそうな勢いだ。


背後に黒い何かが蠢いているような気さえする。


その気迫に、なまえはちょっと仰け反った。


真田というのは、甲斐の若虎の異名をとる真田幸村のことで、武田軍の大将であり同盟相手でもある。


ここで負けて、幸村との約束より主を優先すれば、主の機嫌は直るのだろう。


昼餉に引き続き、夕餉も完食、更にはちゃんと睡眠をとってくれるかもしれない。


しかし、それでは大切な同盟相手に失礼だ。




よし、となまえは覚悟を決めた。


言うことを聞くだけが家臣ではないのだ。


時には諌(いさ)めるのがまことの忠臣というもの、甘やかしてばかりではいけない。


亡き先代より受け継いだ、一族当主の証であるこの名にかけて、ここはびしっと言ってやらねば!




「や、約束事は、先約を優先するのが礼儀と存じます。いくら殿といえど――」


「……」


「うっ!……と、とにかく、幸村どのに無礼をしては殿の名に瑕が付きます!あなた様の家臣として、不肖このなまえ、それだけは避けねばなりません!」




少々つっかえはしたものの、家臣の訴えに、主はふっと氷点下の空気を解いた。




「…私のために、か…?」


「えっ?」


「何でもない。…分かった、ただし真田の後には必ず相手をしろ」




三成はそう言い残し、さっと踵を返して部屋を出て行った。




「……?」




残された彼女は、先程主がぼそりと呟いた言葉が何だったのか、首をひねっていた。




「なんと仰ったのでしょうか…?」




しばし眉間に意識を集中して考えていると、




「何をしている、早くしろ!」


「え、殿!?」




とっくに去ったと思っていた主の声が、廊下から聞こえてきた。


慌てて木刀を持って部屋を出ると、「遅い」と一言、三成はさっさと歩き出した。


なまえが追い付くと、それまでいつもより狭かった歩幅が広くなった。




「今日こそは勝つぞ」


「お手柔らかにお願い致します」




そこで三成はちらりと一歩後ろを歩くなまえを振り返った。




「手加減はするな。真田にも――私にも、だ」




最初の手合せにおいて、彼女が彼を完膚無きまでに負かしてしまってから、何度となくかわされたやり取りであった。


それに対して、




「承知しております」




忠実なる家臣は、微笑みと頷きを返した。






―――――

 以前に夢主と手合せして、コテンパンのけっちょんけちょんにされたのがきっかけで、三成の熱烈なラブコールにより家臣になった…ていう経緯だといいなとか思ってます。


最初は夢主も辟易してて、「財産の半分くれたら家臣になってあげる」って難題出したらあっさり承諾されて逆に困っちゃったり。


何かどっかで聞いたことあるような逸話ですが…



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