○月×日 晴れ 今日は朝から田吾作どののお宅を訪ねました。 初物の米が出来たので届けてくれるとのことでしたが、せっかくなのでこちらからお邪魔することにしました。 あんな重たい米俵を運んで腰を痛めたら、大変です。 奥方のお幸どのとは相変わらず仲睦まじいようで何よりでした。 さて、肝心のお米ですが、お幸どのが炊いてくれたものを頂きました。 さすがは田吾作どのの作ったお米といいましょうか、非常に美味でありました。 これならば我が殿も召し上がられるかと思い、さっそく城の厨房係に頼んで昼餉に出してもらいました。 すると、なんと殿がおかわりとはいかないまでの完食なさったのです。 後日、田吾作どのにはきちんとお礼をせねばなりません。 何が良いでしょうか――― 「―――い、」 「…やはり、お幸どのと揃いの夫婦箸でしょうか」 「――おい、」 「それとも率直にお金…でも、それでは風情がありませんね…」 「なまえ、」 「そうだ、もうすぐお子さんが生まれるとのことでしたから、おくるみでも―――」 「なまえ!」 「わぁっ!?」 突然の大声に、誤って筆を放り投げてしまった。 「何が突然なものか。先程から無視ばかりするとは、そんなに叩きのめされたいか?」 「とっ、殿!?」 畳に落ちる寸前のところで慌てて筆を捕まえ振り返ると、開け放たれた襖のところに背の高い細身の青年が立っていた。 眉目秀麗ではあるが、いささか細すぎる。 彼の名は石田三成、今まで日記を書いていた彼女――なまえの主だ。 三成は眉根を寄せてこちらを睨むように見つめている。 相当機嫌が悪いようだ。 「申し訳ありません、少々書き物をしておりまして……何かご用でございますか?」 筆を戻して向き直り、優しい声音で問いかけると、三成は少し機嫌を直したのか、眉間の皺が若干薄くなった。 「手合せの相手をしろ」 「今からですか?」 「当たり前だ。…不満か」 「いえ、そうではございません。…しかし、先に幸村どののお相手をさせて頂く約束になっておりましたので―――」 そこまで言って、なまえは口をつぐんだ。 一瞬にして三成の纏う空気が冷えたからだ。 その冷たさたるや、布で釘が打てそうなほどの見事な氷点下具合である。 「と、殿……?」 背筋が凍りつくのを感じながらおそるおそる尋ねると、彼は地の底から響くような声で言った。 「なまえ……」 「は…はい?」 「お前は、私よりも真田を優先させるのか…?」 ゴゴゴ、と効果音が付きそうな勢いだ。 背後に黒い何かが蠢いているような気さえする。 その気迫に、なまえはちょっと仰け反った。 真田というのは、甲斐の若虎の異名をとる真田幸村のことで、武田軍の大将であり同盟相手でもある。 ここで負けて、幸村との約束より主を優先すれば、主の機嫌は直るのだろう。 昼餉に引き続き、夕餉も完食、更にはちゃんと睡眠をとってくれるかもしれない。 しかし、それでは大切な同盟相手に失礼だ。 よし、となまえは覚悟を決めた。 言うことを聞くだけが家臣ではないのだ。 時には諌(いさ)めるのがまことの忠臣というもの、甘やかしてばかりではいけない。 亡き先代より受け継いだ、一族当主の証であるこの名にかけて、ここはびしっと言ってやらねば! 「や、約束事は、先約を優先するのが礼儀と存じます。いくら殿といえど――」 「……」 「うっ!……と、とにかく、幸村どのに無礼をしては殿の名に瑕が付きます!あなた様の家臣として、不肖このなまえ、それだけは避けねばなりません!」 少々つっかえはしたものの、家臣の訴えに、主はふっと氷点下の空気を解いた。 「…私のために、か…?」 「えっ?」 「何でもない。…分かった、ただし真田の後には必ず相手をしろ」 三成はそう言い残し、さっと踵を返して部屋を出て行った。 「……?」 残された彼女は、先程主がぼそりと呟いた言葉が何だったのか、首をひねっていた。 「なんと仰ったのでしょうか…?」 しばし眉間に意識を集中して考えていると、 「何をしている、早くしろ!」 「え、殿!?」 とっくに去ったと思っていた主の声が、廊下から聞こえてきた。 慌てて木刀を持って部屋を出ると、「遅い」と一言、三成はさっさと歩き出した。 なまえが追い付くと、それまでいつもより狭かった歩幅が広くなった。 「今日こそは勝つぞ」 「お手柔らかにお願い致します」 そこで三成はちらりと一歩後ろを歩くなまえを振り返った。 「手加減はするな。真田にも――私にも、だ」 最初の手合せにおいて、彼女が彼を完膚無きまでに負かしてしまってから、何度となくかわされたやり取りであった。 それに対して、 「承知しております」 忠実なる家臣は、微笑みと頷きを返した。 ――――― 以前に夢主と手合せして、コテンパンのけっちょんけちょんにされたのがきっかけで、三成の熱烈なラブコールにより家臣になった…ていう経緯だといいなとか思ってます。 最初は夢主も辟易してて、「財産の半分くれたら家臣になってあげる」って難題出したらあっさり承諾されて逆に困っちゃったり。 何かどっかで聞いたことあるような逸話ですが… |