※主人公が変態。 タイトルの通り、夢主攻め。 収拾ガツキマセンデシタ← 気付くと、蜘蛛の巣にいた。 両手両足は無数の糸に捕らわれており、身動きひとつ取れない。 と、頭の上の方から振動が伝わってきた。 この状況でこの揺れ方といえば思い当るものはひとつしかない。 「――― 、」 出来れば外れて欲しかった予想が的中した。 縦横無尽に走る糸がきしり、と軋む。 鼻先を掠めた香に思わず眉根を寄せる。 甘いものは極めて好ましいが、それは食べ物の話であって、甘すぎる香は好かぬ。 先程よりも大きく糸が揺れた。 確実に濃くなった香がどろりと絡みつく。 もう逃げ場はないのだろう、半ば諦めに近い気持ちで右手を動かしてみる。 予想通り近くに愛用の刀はなかった。 あれば即刻、斬り裂いてやれるものを。 「――― 、」 また、声がした。 今度はすぐ耳元で。 纏う香だけでなく声まで甘いとは、日々何を喰って生きているのだろう。 その数の中に入ることは本当に切実に、ご免こうむりたい。 視界の端に黒く細い腕が映ったと思ったら、白い何かに目を塞がれた。 どうやら、糸がついに顔までも覆ったらしい。 そういえば、急に呼吸が苦しくなってきた。 胸に重たいものが乗っている感覚がする。 奴は、本格的に喰らう体勢に入ったようだ。 せめて己に毒でもあればいいのに、と思いつつ、首筋に触れる尖った硬いものの気配を感じていた。 「……………ん、」 「………」 「…三成くん、」 「………」 「…え、なにこれ、食べちゃっていいの?」 「良い訳があるかァァァ!!」 ひゅっ、と閃光が闇を切り裂いた。 何かが倒れる音がして、最後に残念そうなため息が聞こえた。 「なぁんだ、起きてたの?そのまま寝ててくれればイイコトできたのに」 「黙れこの女郎蜘蛛が!」 語気荒く言い放って、すぱんと勢いよく障子を開く。 青い月光が室内を照らし、中の人物を浮かび上がらせた。 戸口に立ったまま肩で息をしているのは、銀髪に長身の青年。 何故か、抜き身の刀を構えている。 そして部屋の隅でかがんだ体勢をしているのは、黒い頭巾に黒い装束の女。 こちらは、青年とは反対に至って落ち着いた様子である。 満ちた月の光に眩しそうに目を細めながら、女は言った。 「女郎とか、ひどい言われ様ね。ま、似たようなもんかもしれないけど」 「蜘蛛呼ばわりには触れないのか!虫扱いされたのに無視か!?」 「いや、獲物が三成くんならあたし蜘蛛でいいし。余すところなく頂いちゃうし」 「貴様にまともな反応を期待した私が馬鹿だった!」 そこで青年は無理やり自分を落ち着けるため、深く呼吸をした。 「…ともかくだ。何故貴様が私の部屋にいる」 「決まってるでしょ。夜這いよ、夜・這・い」 「決めるな!」 再び刀を構える彼を、まぁまぁ落ち着いてと軽い調子でなだめつつ―――女が動いた。 何の前触れらしき動作も見せず、一瞬で間合いを詰めると青年の腕をとった。 そして、彼が驚きで目を見開く間も与えずにその手から刀を抜き取り、掴んだ腕を引いて乱れた布団の上に倒した。 刀はざくりと畳に突き立てられ、青白い光を反射した。 「夜中にこんな物騒なもの振り回さないの」 「行動が物騒な貴様に言われたくはない」 「あらあら、あたしなんて人畜無害を体現してるような女じゃない」 「どの口が―――」 また怒号を上げそうになった唇に、すっと人差し指が添えられる。 ふわりと香った例の甘さに言葉を飲み込んだ。 その様子に満足そうに微笑んで、女は言った。 「あんまり騒いじゃダメよ。みんな起きちゃうわ。…そういうプレイして欲しいならいいけど」 「ほざけ!そして意味の分からん横文字を使うな!」 「横文字ってことは分かってるのね…」 面白そうに咽喉を鳴らす女。 しかし生憎、青年の方は全く面白くない。 先程から何度も、この状況(華奢な女に組み敷かれている)を打破しようと全身の筋肉を総動員しているのだが、全く好転しない。 鋭く睨み上げれば、憎らしいほど余裕の微笑を返された。 圧倒的な実力差。 それが彼と彼女の間には確かに存在していた。 「さて、三成くん。糸と縄と鎖だったら、どれがいい?」 「は?」 急な話の飛び様に付いていけない彼が間の抜けた声を出す。 が、女の方は気にも留めていない様子で続けた。 「無難にいくなら縄よね、肌に擦れた痕もなかなかそそるし。でもちょっと普通過ぎるわよねぇ。その点鎖なら、縄より珍しいし何より見た目がとっても綺麗でしょ。肉が挟まると痛いかもしれないけど。あ、でも三成くん無駄な肉ないから大丈夫かな、」 「……何の話をしている」 「ん?何で縛れば一番イイかしら、って考えてたの」 さらりと女は言ってのけた。 思わず絶句した彼を後目に彼女は続ける。 「糸でもいいんだけど、強度が心配なのよねぇ。三成くん、力強いでしょ?刀も近くにあるし、さっきみたいに斬って逃げられちゃうかも―――」 「待て、今『さっき』と言ったか?」 「うん。どうかした?」 「どうしたもこうしたもない!貴様、まさか―――」 「うん。縛ってみた」 彼の言わんとすることを、当の本人が引き取った。 「どんなんかなぁって、試しにね」 そう言って、女は手を持ち上げてみせた。 細い五本の指には無数の糸が絡みついていた。 その様に思い当ったものがあって、彼ははっとする。 糸、濃い香、黒い蜘蛛。 あの、夢か―――! 「貴様、人の夢でまでいったい何をするのだ!」 「夢?…あぁ、さっきうなされてたの、あたしの夢だったの?やだぁ三成くんったら、はーれーんーちー♪」 「誰が!誰が破廉恥だ万年脳内春女が!」 「春ってさぁ、桜とか綺麗でいいよねー♪」 「話を逸らすなッ!そして語尾に『♪』を付けるな鬱陶しい!」 「もう、あれするなこれはダメって、何?そういうプレイ?あたし相手にそんなの仕掛けるなんて、君も大人になったねぇ」 「貴様はいい加減黙れッ!」 叫んで、長くため息をつく。 何だかどっと疲れた。 この女と会話する時はいつもそうだ。 なまじ能力が上だけに(身体的にも頭脳面でも)、彼女自身が満足するまで離してもらえないのだ。 いや決して、性的な意味ではなく。 「余計な注釈は要らん!」 「まぁまぁ、地の文にツッコミ入れるのはよそうよ。もう話の長さ的に厳しいから」 「堂々とメタ発言をする奴に言われる筋合いはない!」 「ついに横文字使っちゃったね?」 「はっ!しまっ……!!」 思わず声に出してしまった。 慌てて口をつぐむも時既に遅し。 女がにやにやと楽しげに見下ろしてきていた。 「あーあ、やっちゃったねー。…半ちゃんに言ってやろ」 「なっ!?ま、待て!」 「なわけないでしょ、あんな性悪になんかあげないわよ。三成くんの純潔はあたしがもらうんだから」 「だから何の話だァァ!!」 ここで白状してしまえば、開け放たれた障子に加えて元々腹筋も発達している彼だから、一連の会話の大体を近くの部屋の者に聞かれていた。 いつものことなので皆聞かぬふりをしてくれているが、眠りが妨げられているのは確かである。 日が昇った後、何か遠まわしに水を向けてくる輩がいるかもしれない―――某性悪……もとい某軍師やら、某輿愛用者やら。 「……ま、こういう状況もけっこう燃えるけどね」 「何だと?」 「問題ないよ。やっぱり糸にしようと思ってただけ」 「大ありだ!掃いて捨てるほどあるわ問題が!」 青年の必死の声は、穏やかな月夜に溶けて消えていった――― 「おい、何をいい具合に終わらせようとしている!?」 「大人の事情ってやつよね」 「ただ単に収拾付けられなくなっただけだろうが!」 「はいはい静かにしようねー。今、夜中だからねー」 「元はといえば誰の所為だと思って―――」 「あんまり騒ぐとお姉さん、」 指に絡んだ糸をつぃっと引きながら、女の目が艶美に細められる。 「お仕置きしたく、なっちゃうよ?」 濃い香を纏い、蜘蛛が笑う。 獲物は、ついに呼吸を止めた。 |