迎えに来る。 かの者は、そう言った。 黄金色に近い目を真っ直ぐに向けて。 「太平の世になったら、必ず迎えに来る」 何年か前に偶然知り合って以来、何が気に入ったのかこのヒトの子は、彼女の棲む山奥の社に顔を出すようになっていた。 彼女が千年近い時を生き続けるヒトならざる存在だということを知ってもなお、変わらず通ってくるものだから、彼女の同属たちの間ではなかなか気骨のある若者と評判だった。 だが、彼女は是とは云わなかった。 約束は当てにならないものと承知していたから。 するとかの者は、相変わらず柔らかな微笑みのままで言った。 「信じなくてもいいんだ。……ただ、覚えていてくれれば」 案外勝手なことを言う。 そう口に出してやれば、苦笑が返ってきた。 まだ若いというのに、そんな表情がよく似合っていた。 「儂のことを、覚えていてくれないか」 待たなくていいから。 これにも、彼女は是とは云わなかった。 しかし、否とも云わなかった。 「……、…」 ふと、我に返った。 随分長い間物思いに耽っていたらしく、来た時は青かった空が茜色に染まっている。 ひんやりとした風がスカートの裾を撫ぜて過ぎ去った。 「………」 こうやってひとりでいる時、己はいったい何をやっているのだろう、と思うことがある。 ―――あれからもう、四百年余りが経つというのに。 結論からいうと、彼女を迎えに来ると言ったかの者は、あれから一度も彼女の前に現れてはいない。 同属たちから聞いた話によれば、天下を分けるかつての友との戦に勝ったはいいが、その時の傷がもとで戦後すぐに死んだらしい。 彼女を迎えに来る間もなく。かの者が戦に勝利したおかげで、亡き後もその重臣たちが協力して平和な世を築いていくことができたから、結果的に望みは叶ったのだ。 それから四百年、こうしてぼんやりと河原に座って水面を眺めていられるのがその証である。 「…私は、いったい何をしているのじゃろうな」 久々に、四百年前に使っていたような口調で彼女は呟いた。 近隣の学校に通う女子高生という立場の今では、普段はなかなかこういった喋り方をする機会はなかった。 ――もう諦めたらどうなのか。 同属たちは一様にそう言って、彼女に棲処の社へ帰ることを薦めた。 永の時を生きるうち、生まれ変わりに逢うことはあるにはあるが、いつになるか分からない。 ヒトというのは、移ろいゆくイキモノ。 仮に転生した姿にまみえることができたとしても、彼女を覚えている可能性は無いに等しい。 わざわざ社を出てヒトに混じって待たずとも、忘れてしまえば良いではないか。 それら全ての正論を黙殺して、彼女はここに居続けた。 「…ほんに、勝手な小僧よの」 細い指に絡んだ草が風に揺れる。 「わざわざ社まで勝手に逢いに来て、勝手に己を覚えていろとぬかし、そして勝手にいなくなった」 この私を振り回すとはいい度胸よ。 「……まぁ、振り回されておる私もおぬしのことは云えぬがの」 彼女は苦笑して、川面を見つめた。 淡い橙に閃く水が跳ねて、黒い合皮の靴の先を少しだけ濡らした。 「……私はここに居るぞ」 いい加減顔を見せたらどうなのじゃ。 ―――なぁ、 「……家康、」 ふわりと背後の草を揺らした風は、呟いた名を乗せて、少し離れたところに佇む誰かのもとへと流れていった。 黄金色に近い目をわずかに細めて、誰かは柔らかに笑んだ。 紐靴の底が草を踏む。 |