※夢主は奥方 私は、頭の悪い女でございます。 そのようなこと、今更口に出さずとも、あなたさまならば当の昔にご承知のことでしょうが、あえて言わせて頂きます。 お傍に置いて頂いてから早数年が経ちましたが、未だにお顔とお名前が一致しない方もおられますし、女中頭のお聡どの―――ええ、お聡どののお顔だけは、例え新月の夜の闇でもはっきりわかります。 ―――あら、どうかなさいましたか?何か仰りたいことがおありのような……左様でございますか?はあ、続けてよろしいと。 ええと、何でございましたっけ? ああ、そうでしたね、お聡どのです。 先日、やっと包丁を持つ許可を頂いたのですが……はい?ええ、包丁でございます。浅葱(あさつき)の刻み方を教わりました。 え、手を見せるのですか? …別段何もございませんが…はっ、もちろん、お台所に立つ前にはきちんと洗いましたよ! 私はよくぼんやりしていると言われますが、そのくらいは―――はい?え、違うのですか? ―――それで、何とか包丁を持ったはいいのですが、どうしてもうまく刻めないのです。 ちゃんとお聡どのの言うとおりにしました。とても分かりやすく教えて頂いたのです。 私がもっと器用であれば、すんなりとこなせたのでしょう。 結局満足に刻めませんでした。 ……ええ、それでございます。切れているように見えてつながっていますでしょう?それは私が刻み損ねた浅葱です。お聡どのがせっかくだからと入れて下さいました。 こんな嫁ですから、三行半を頂戴するのも無理からぬ話―――はい?どうなさいました? ……え、咽喉につまった!?な、なんですって!すすすみません誰かお水!お水をお願いしますっ!! ………大丈夫ですか?……あぁ、良かった。 それにしても、急にどうなされたのですか? え?ええ、確かに三行半と申しましたが…………はい?どうしていきなり離縁の話が出るのか、ですか? …だって、私は浅葱すら満足に刻めぬ駄目な嫁ですよ。 それだけではありません、今まであなたさまのお役に立てたことなど一度もございませんし……ともすれば、足手まといになる始末。 これ以上、あなたさまに迷惑をかけるわけにはいきません。 ですから、三行半を―――おぶっ!! ……い、いきなりおでこを叩かないで下さい! え?……いるだけでいいのですか?でも、それでは役に立たぬままでは―――うっ!な、何でもございません、なので手刀をおろしてくださいまし…! はい?これ以降三行半などと言ったらまた叩く?……は、はぁ、承知いたしました。 ……でも、こんな嫁で良いのですか? あなたさまについてゆくくらいしか能のない女ですが……… ……?私の顔に何かついてございますか?はっ、ひょっとしたら先ほどの大福の餡子が…!?あ、そうではないのですか。ほっと致しました。 あら?元就さま、お顔が赤うございますよ? まさか熱でもおありに!?大変、すぐにお医者さまを―――え、よろしいのですか? 少し黙れと?…はぁ、すみません。 ……………。 ……………。 はい?もう喋ってよいのですか?え、何か話せと言われましても…… あ、そうですわ、明日の朝餉は何に致しましょう?お聡どのに作り方を教えて頂きます。 ……これ?浅葱を入れたもの、ですか? 承知いたしました、明日までにちゃんと切れるように練習しておきますね! お雑煮を上手に作れるようになるまでの第一歩ですわ! 元就さま、お好きですものね、お雑煮。 あ、はい、おかわりですね。少々お待ち下さいまし。 「……愛い奴よ、」 「はい?なんでございますか?」 「何でもないわ」 ――――――― 就様は台詞がないだけで喋ってます← |