※死ネタ 私はお前が好きだ。 彼の言い方は、いつもそうだった。 取りつくしまもなく、反論を許さない口調。 それに対して、彼女の返事もまた、いつも同じだった。 わたしは君が嫌いだよ。 取りつくしまもなく、反論を許さない口調。 毎日、彼らのこの手のやり取りは、その二言で終わる。 彼が己を好きだということに関して、彼女は反論も否定もしない。 また、彼女が己を嫌いだということについて、彼は反論も否定もしない。 毎日一日の最後に顔を合わせた時、彼らの間で必ず交わされる、会話ともいえないただの言葉の投げ合いは、言葉の通りというよりもっと違う意味の方が強いからだ。 彼と彼女は子供の時分から同じ主の下で育った幼馴染で、その頃から彼は彼女が好きで、彼女は彼が嫌いだった。 いつ崩壊するともしれない狭い世界の中で、彼らにとってそれは確たるものだった。 一日の終わりにそのことを確認すると、何故だか安心するのだった。 明日も明後日もその先も、彼女は私を嫌っているし、彼はわたしを好いている。 明日も、己のことを好いている彼と己のことを嫌っている彼女は、変わらず存在できるのだ。 そしてまた、こうして言葉を投げ合う。 そんな根拠もない確証が持てる。 だから、彼らは今日もまた――― 「……情けない」 「言ってくれるな。そんなこと、当事者のわたしが一番よく分かってるよ」 「お前は今まで、何のために生きてきたのだ」 「おいおい、今度はわたしの人生を全否定するのか?いくら何でも、そこまで言われる筋合いはないよ」 「秀吉様の御為に、私達は生きているのではなかったのか」 「また始まったよ…いい加減秀吉様離れしたらどうなんだ?」 「答えろ」 「はいはい…。あのね三成、言ったら君は烈火のごとく怒るだろうから今まで言わないでおいたんだけど、わたしは別に秀吉様のために生きていたわけじゃない」 「何だと?」 「大恩人には変わりないけどね。わたしは――そうだな、これも言ったら怒りそうだが……」 「勿体ぶるな。斬られたいか」 「もう散々、先方に斬られたからなぁ。悪いが空きはないよ。まぁ、それは置いといて……わたしが生きてきたのは、わたし自身のためさ。…『君を嫌っているわたし』のためだ」 「………」 「君は秀吉様のために生きながらわたしを好いていたけれど、生憎わたしはそんなに器用な人間じゃないんでね。君を『嫌い』と言い続けるには、自分のことに集中しなければならなかった。だって、うっかり『好き』だと言ってしまっては、明日が変わってしまうだろう?」 「…面倒な女だな」 「人のことは言えないだろ。君だって、無駄に言葉を投げていただけじゃないか」 「無駄ではない。あれは私の本心だ」 「わかってるよ、そんなの。……はぁ、君と話してたら何だか疲れてきたなぁ。ちょっと寝るから、そのうっすい胸板貸してくれるかい」 「言ってくれるな。本人が一番理解している」 「なんだ、一応気にしてたのか。安心しなよ、あの食生活じゃ、秀吉様どころか家康くらいでも無理だから」 「この期に及んでも口の減らん奴だ」 「今更だね。…じゃ、おやすみー」 「ああ」 「………」 「………」 「…あ、そうだ」 「なんだ」 「次に目が覚めたら、君のこと『好き』だって言える気がする」 「そうか」 「……驚かないのか?わたし、君のこと嫌いじゃないんだぞ?」 「そんなもの、分かり切っていることだろう」 「…この期に及んでもむかつくなぁ、三成は…」 「今更だな」 「確かに。……それじゃ、今度こそ…おやすみ」 「ああ」 彼女が目と言葉を閉じたのを見届けて、彼はぽつりと、 「次は『嫌い』だとでも言ってやろうか」 そんな、心にもないことを呟いた。 今日が終わる。 ――――――――――――― 要するに、夢主はツンデレなんだと思います。 |