Log1 | ナノ


石田三成といえば、で連想すること。


覇王の左腕。

鋭利な性格と鋭利な前髪。

洒落にならない脚力。

居合の達人。

冗談が通じず、絡みづらい。

大抵の人が挙げるであろう項目は、こんなところだ。

一部、素直で可愛いと言う者もいるが、それは置いといて。

他者から滅多に優しいという評価をされない彼の、意外と知られていないことのひとつに、細君の存在があった。

豊臣に降って日の浅い者は、彼に細君がいると聞くと必ず驚くし、更に彼が愛妻家だと知ると「まさかあの凶王が…」といったん否定する。

そして、彼と細君のやり取りを目にしてそんな予想は打ち砕かれ、唖然とするのだ。

さて、百聞は一見に如かず、一番手っ取り早いのは実際に見てもらうことだ。

彼らのやり取りは、季節や昼夜問わず、大抵細君の部屋で展開する。





「なまえッ!」



思わず首を縮めてしまうような怒号がした。

実際、廊下を通りかかった新入りの女中は驚いて湯呑を放り投げ、庭先の楓にとまっていた小鳥は慌てて飛び去っていった。

ただ、横になった彼女の隣で仲良く丸くなっている二匹の猫は、慣れたものなのか微動だにしなかった。



「そんなに大きな声を出されては、クロ子とシロ子が起きてしまいますわ」



そして彼女も、ゆったり微笑んで猫たちの背を撫でている。

対して彼はというと、のんびりした言葉にキッと視線を鋭くしつつ―――手ぬぐいを絞っていた。



「お前という奴は!熱が下がり切らぬうちに出歩くなとあれほど…!」

「出歩くといっても、お庭までですよ」

「床から出るなと言ったのだ!」

「そんな……こんなにいいお天気なのに?せっかくのお誘いを、むげに断れと?」

「…誘いだと?」

「近所のちびちゃんたちが、西瓜割りをしようと言ってくれたのです。子供だけでは危ないからと、家康さまと忠勝さまもご一緒なさるとのことで」

「家康ゥゥゥ!!」



語気荒く理不尽に怒りながら、三成は絞った手ぬぐいを彼女の額に乗せた。

口調は激しく、しかし手つきは優しく丁寧とは、なかなか器用なことをやってのけるものだ。



「百歩譲って見物するのは良しとしても、よりにもよって何故割る役に回った?そんなもの、童どもか家康か本多にやらせれば良いだろう!」

「家康さまや忠勝さまがやったら、西瓜が粉塵と化してしまいますよ」

「注目するのはそこか!?」



どうやら彼女―――なまえは、やっと動けるまで熱が下がって嬉しかったので、西瓜を割る役をやろうとしたところ熱がぶり返し、こうして布団で簀巻(すま)きにされた状態で旦那の看病を受けているらしい。

普通なら「どうしてそのくらいで?」と思うのも無理からぬ話だが、彼女に関しては納得のいくことだ。



三成の正室であるなまえは、人並み外れて身体が弱かった。

一年のうち三分の二は咳がとれず、半年に一回は死にかけ、週四日は高熱で寝込み、毎日体のどこかしら具合が悪く、人並みに調子が良いといえる時は月に一度あれば良い方だ。

茶の代わりに薬湯を飲んでいるといわれているが、実際間違っていない。

加えて、年中通して食欲不振で、あの三成が「とりあえず食え」と言ったほど。


このように相当気合いの入った虚弱体質である彼女のことを、三成は過保護ともいえるほど大事にしているのだった。

戦場では凶王と恐れられる彼も、細君には甘い。

言葉だけは激しかったりするが、例えるなら黒蜜がけの大福より甘い。

元より甘党の彼なら気にならないのだろうが、戦場での三成しか知らない者から見れば、今日でいう漫画のような垂直跳びを披露したくなるほどの驚くべき事実だ。



彼らの間に子供はまだいないが、当然のように側室はいないし、周りもその手の話は持ち込まない。

一度、そういう話題を誰かに振られた時、「なまえ以外要らん」ときっぱりはっきり、胸がすくような明瞭さで即答したことは、一部で語り草になっている。



そんな、愛してやまない彼女だから、少し調子が良いからと言って床を出たりすると彼は怒るのだ。

なまえはなまえで何度寝込んでも、動けるようになればめげずに何かしら活動しだし、大抵の場合また体調を崩して床に逆戻り、彼に怒られながら看病されるという一連の流れになってしまっている。

何故大人しく寝ていないのか。

それは、本人によると―――



「病人になりたくないのです」


すぐさま、「お前は既に病人だろう」というツッコミが入ったのは言うまでもない。

しかし彼女は、微笑を浮かべたままでふるふると首を振った。



「確かに、身体だけで見ればわたくしは紛うことなき病人ですわ。しかし、わたくしが言いたいのは、主に『心』の方です」



ぶり返した熱の所為か、彼女の声は小さく掠れ気味に空気を揺らす。



「これは玄洋先生が仰っていたことなのですが…。身体に異常がないだけでは健康とはいえないそうです。身体と同時に、心も健やかでなければならないのだとか…」



玄洋というのは、なまえのかかりつけの医者である。

年齢不詳、見ようによっては怪しい人物だが、腕は確かでたまに良いことを言ったりする。

その医者が語った、『健やかなる者』の条件に、なまえは成程と思ったらしい。



「身体の弱さは半分以上生まれつきですから、良くしようと思ってもそうそううまくいきません。けれど、心の方なら自力で何とかなりますわ。考え方次第で変わってくれますからね」

「そんなものなのか」



感情の起伏が、動と静のほぼ両極端である彼にとってはあまりピンとこない話だったが、彼女には充分納得のいくことだったようだ。

なまえはできた女だから、本当の気持ちとは異なる感情を表に出す方法も熟知している。

人間の心という、うつろいやすいものにも思うところがあるのだろう。



「心配して下さる佐吉さまには申し訳ないのですが……こう、ずっと布団にくるまって天井を眺めていると、だんだん不吉な心持ちになってくるのです。……もしかしたら、わたくしこのまま死んじゃうんじゃないかしら、とか」

「ふざけたことをぬかすな。お前が死ぬなど、私が許さん」

「ええ…そうですわね。縁起でもなかったですね…すみません」



手ぬぐいの下で目を細めて謝ると、不意に彼女の唇から軽い咳が飛び出した。

三成の怒号でも起きなかった猫たちがぱっと目を開き、心配そうに鳴いた。

二匹の頭を優しく撫でて、なまえは続ける。



「なので、できるだけ部屋に引きこもってばかりにならないようにしているのです。何かしていると、余計なことを考えずに済みますから」

「その所為で倒れられてはどうしようもないがな」

「返す言葉もありませんわ」



ふふっと笑う。

彼女の場合、本当に心から笑うと大分幼い顔立ちになる。

と、不意に悪戯っぽい目になって言う。



「…ほんとうは、佐吉さまに構って頂きたいというのもあるかもしれませんけれど」

「ならば正直にそう言え。回りくどいのは好かん」



素っ気なく言って、彼はなまえの額の上の手ぬぐいに触れた。

冷水に浸したはずのそれは、もう温んでいる。

熱の高さに眉をひそめつつ取ろうとした時、布団の中から彼女の手がするりと伸びてきた。

白より青といった方がしっくりくる色合いの手が彼のそれに重ねられ、幾分大きなその手のひらに己の頬を当てる。



「…なまえ?」

「こっちの方が良いです」



さすが佐吉さま、夏でもひんやりですわ。
 
気持ち良さそうにそう言うのをちょっと見つめて、彼はもう片方の手で水の入った桶を押しやった。

そうして彼女の上に被さるようにして、額に唇を乗せた。

近過ぎて輪郭のぼやけた目がぱちりと瞬く。



「怪我の功名……いえ、熱の功名、ですかしら」

「戯れるな」



あくまでぶっきらぼうなのは口調だけだった。



「熱が下がったら、西瓜割りしましょうね」

「まだ懲りていないのか」

「今度は佐吉さまもご一緒に。『りべんじ』ですわ」

「…家康は呼ぶな」



少しだけ拗ねたような声に、細君は咽喉の奥で笑いながら承知しました、と答えた。








ウチの嫁さん 〜石田家編〜

(それは、幸せなある日のはなし)










甘いものを食べると、のど乾きますよね。

ツンギレ凶王もいいけど、ベタ惚れ凶王もいいなぁ。


ちなみに、夢主のモデルは史実の三成の正室・皎月院さまです。

本名は不明ですが、三成からは「うた」と呼ばれていたそうなので、夢主の名前は『詩(うた)』さんで。

史実でも夫婦仲は良かったようで、側室はいなかったとか。

皎月院さまが内助の功で支えたみたいです。できたお嫁さんですね。


余談ですが、この皎月院さまのお姉さんが真田のゆっきーの母上なんですって(諸説あり)。

真田のゆっきーといえば、お嫁さんは大谷さんの娘(姪っ子)さんですね。

で、叔母さんは三成の奥さん……って、三成ってば幸村の叔父さんなんだなぁー。

歴史って面白い。

情報源はウィ〇先生ですので、悪しからず。



では、読んで下さった方、ありがとうございました。



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