Log1 | ナノ


※百合でヤンデレ。



部屋に着くと、彼女は何かをじっと見つめていた。


「…お市様?」



私が呼んでも返事はない。前に回ってみると、彼女は一輪挿しの花瓶を両手で包んでいた。そこに挿された花を凝視している。―――白い、花。


「お市様、只今帰りました」


一瞬、露骨に気持ちを出してしまいそうになったが何とか抑え、声をかける。しかし、彼女は全くこちらを向いてくれない。私の存在に気付いてさえいないようだ。彼女の意識は、純白の花弁に持っていかれている。庭に咲いていたのを、女中が活けていったのだろう。まったく、余計なことをしてくれたものだ。


「お市様、お饅頭を買ってきましたよ。このお店のお饅頭、おいしいって評判なんですって」


一緒に食べましょう。そう言いながら、彼女の手から花瓶を取ろうとする。しかし、華奢な指の力は予想以上に強く、なかなかうまくいかなかった。いつもは何の力も入っていないのに。―――これだから、白い花は嫌いなんだ。


「お市様、」
「………さ、ま…」
「お饅頭、食べましょう?」
「……―――、さま…」ああ、ほんとうに、憎らしい花。華奢な腕を引くと、彼女は抗えずに私の胸に倒れてきた。少し驚いた彼女がはっと顔を上げて、やっとこちらを向いてくれたと思いつつ顎を持つ。彼女が何か言う前に唇を塞ぐと、小さく声が洩れた。一瞬怯んだ隙に花瓶にかかった手を外しにかかる。が、まだ彼女の指は陶器の器から離れようとしなかった。舌で歯列を割ったところで、彼女の指がぴくっと動いたので、その間に花瓶を抜き取った。細い指が空気を掻く。
最初はそんなつもりではなかったけれど、ちょっと我慢できなくなったので、花瓶を適当に置いて彼女をそのまま畳に倒した。ちらとだけ見た白い頬に涙の痕のようなものが見えたが、気のせいだろう。





「ではお市様、お茶を淹れてきますね」


言って立ち上がる。返事はない。彼女は、くたりとしなやかな四肢を投げ出しているだけだ。ついでに花瓶を持って部屋を出る。彼女はもう何も言わなかった。また、彼女の甘く優しい暗闇に戻ったのだろう。私がいない間は、それでいい。


花の季節がきた。美しいものは好きだ。それが物でも人でも、綺麗なものは総じて好ましい。美しいものは、見ているだけで心を癒してくれる。


台所に行く途中の中庭に、花が咲いていた。女中が仕事の合間に手入れするくらいの小さなその場所は、何種類かの可憐な花々に彩られている。あんまり綺麗だったので、彼女の部屋に飾ろうと思い、庭に降りた。私は花の色は桃色が好きだ。彼女によく似合う色だから。庭には、薄い桃色の花弁がたくさん揺れていた。何本か摘み取って―――手が止まった。美しい桃色の後ろに、白い花があった。


「………」


花瓶に挿してあったものと同じ花だ。元はここに咲いていたらしい。私は、醜い白を一本残らず手折った。そして台所に行き、かまどの中に投げ入れた。これでいい。一安心して、湯を沸かし始めた。




彼女は、美しいひとだった。
お輿入れの日に初めてお目にかかって以来、私は彼女に心奪われてしまった。黒檀のような髪に憂いを帯びた瞳、陶器のような肌。どれをとっても、彼女は美しい。同じ女で歳も近いということで、主から彼女の話し相手を命じられた時は、天にも昇るような気持ちだった。彼女は近くで見てもやっぱり綺麗で、私はいつもうっとりとその所作に見惚れていた。そのうちに、私は美しいものが好きになった。そして私は、大好きな美しいものを常に傍に置いて眺めていたくなった。そのために努力をした。努力は報われるもので、私の願いは叶った。
途中、魔王とか呼ばれる血族やら、太陽なんて呼ばれる若者やらに邪魔されたけれど、そんなものは大した問題ではない。厄介なのは、あの憎らしい純白の花。あれは、彼女の中の暗闇から、色々と余計なものを引き出してしまう。今の彼女には要らないものを、いろいろと。だから、白い花は嫌い。


「……渡してなるものですか」


やっと手に入れたんだもの。貴女は私の、私は貴女のもの。


「誰にも、渡さない」


私は、花瓶から白を抜いて下に落とし、草履の底で踏んだ。二度と私達の前に現れないよう、しっかりと。私達の安息を邪魔しないよう、入念に。踏んだ。花は、元々そうだったのか分からないほどばらばらになった。その様を見て初めて、白い花を美しいと思った。
空いた花瓶に桃色を活け、盆に乗せて、私は愛しい方のところへ戻った。





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