Log1 | ナノ



※『Alice』の前日譚みたいな。

血・微グロ表現注意。










「なまえ」




彼がその名前を呼ぶ度、私の薄っぺらな心は躍る。


けれどすぐに、頭から冷水をかけられたようになってしまう。




「なまえ、」




私の名前は『なまえ』。


でも、彼が呼ぶのは私じゃない。




「何度も呼ばなくても聞こえるわよ」




ほら、今も。


苦笑いを浮かべた『あの女』が、キッチンから顔をのぞかせる。


私と同じ顔の、あの女が。


正確に言えば、私の方があの女と同じ顔に「造られた」のだけれど。




私の名前は、『なまえ』。


あの女――なまえを、彼がキャンバスに描いた物。


だから私の名前は、あの女と一緒。
 
それが不愉快でならない。




「どうしたの、ギャリー」




やめて、やめて。


私の愛しい彼の名前を、馴れ馴れしく呼ばないでちょうだい。


私は、呼びたくても声すら出ないのに。




「呼んでみただけよ」


「…それだけなのに何で手握るのよ」


「いいじゃないの」


「…ま、悪くはないけど」


「なまえってば、相変わらずツンデレねぇ」




彼は、ころころと笑う。


やめてちょうだい。


私の恋しい彼の手に、触らないで。


私はその手を包みたくても、指一本動かせないのに。


その笑顔を向けてもらいたくても、肩に寄り添いたくても、出来ない。


でも、あの女はそれが出来る。


私と同じ顔、同じ姿なのに。




どうして。


どうして、どうして?


どうしてあの女ばかりなの?


どうして私はダメなの?


私だって『なまえ』なのに、どうして彼はあの女しか呼ばないの?


あの女しか見ないの?
 
私を見ては、くれないの?


あの女がいなければ、私が彼の『なまえ』なのに。






ア ノ 女 サ エ 、


イ ナ ケ レ バ 。






―――そうよ。


だから、私は、




「……なまえ…?」




彼の声がする。


震えた声音も、すてき。




「…うそ、でしょ…?」




呆然とした顔で、彼が駆け寄ってきた。




「なまえ…っ!」




この時も呼ぶのは、私ではなくあの女。


でも、いいの。


だってもうすぐ、




「なまえ、なまえ…!」




彼の腕に抱えられて、あの女はぐったりしてる。


ねぇ、『なまえ』?


私、生まれてからずっとあなたのことが憎くて憎くて憎くて嫌いで嫌いで嫌いだったの。


でも、これだけは素直に認めるわ。今のあなたはとっても綺麗よ。




首筋にパレットナイフを突き立てて、全身真っ赤に染まったあなたは。




あの女は、さっきまで高い棚の一番上から物を取ろうとしていた。


私はただ、あの女が乗っている椅子を、ほんの少し揺らしてやれば良かった。


今から思えばどうしてそんなことができたのだろう思うけれど、この際不思議な力に感謝しなくちゃいけない。


動けないはずの私が椅子を倒すなんてことができて、その上、あの女が取ろうとしていた物の中に、ちょうどよくパレットナイフが入っているなんて。




「お願いなまえ、目を開けて!ねぇ、ねぇってば…!」




嬉しくなった。


もう、あの女には彼の声は聞こえない。


彼の姿は見えない。


彼のぬくもりは、感じられない。




「嘘よ…起きて、おねがい…なまえ…」




これで、『なまえ』はひとり。


私がなまえ。


あの女じゃなくて、私。


彼は―――ギャリーは、私のもの。




それから、彼はぱったりと絵を描かなくなった。


私以外の絵に目を向けることがなくなったし、何より彼が私を見てくれることが増えた。


笑顔ではなかったけれど、彼が私を見てくれるのなら、何だって良い。


これからは私があなたの『なまえ』よ、ギャリー。










彼が私を知り合いの画商に預けたのは、しばらく後のことだった。


呆然とした中で画商が仲間と話していたことを聞いたけれど、彼は私を見るのが辛かったようだ。


私を見れば、あの女を思い出すから。


やっと、彼だけのなまえになれたと思っていたのに、という私の思いは、画商の車のドアによって閉ざされてしまった。




私はただ、あなたと一緒にいたかっただけ。


私だけを見て欲しかった。


それだけなのに、どうして叶わないの?


あなたを愛してる、それだけなのよ。













「…だからね、あなたが『こっち』に来た時は、びっくりしたのよ」





「あなたのもとを離れてから、随分時間が経ったみたいね。割と元気になってて何よりだわ」


「ようやく、あの女を忘れてくれたのね。やっと、私だけを見てくれるのね」





「いいのよ、何も言わなくて。私たちに言葉なんて要らないわ。私はあなたに創られたんだもの」




ああ、幸せ。


今花占いをしたら、「すき」しかあり得ないわ。




「私がなまえよ。あなただけの、なまえ……」




愛しいあなたと、ずっと一緒にいられる。


だから、ね?ギャリー、




「私の名前を、呼んでくれる?」








 I am Alice.




『Alice』の前日譚というか、夢主のギャリーさん狂いっぷりがあらわになっただけのような気がします。


書いてて楽しかったですが、どこの昼ドラだよ…。


頭の中では夢主の名前は「アリス」で変換されてるので、「アリス」と途中の「どうして」がゲシュタルト崩壊しました←




裏設定になりますが、生身(絵のモデルの方)のアリスはギャリーさんのフィアンセです。


彼女が亡くなったのはIbの本編から数年前で、大切な人を失って以来絵から遠のいていたギャリーさんですが、数年経ってやっと少し立ち直って美術館に足が向いたところ、あの出来事に巻き込まれたという感じです。


前の話を含め、ギャリーさんが報われない…。


でも、最期に見た夢主の姿は、フィアンセの方だと思ってます。


夢主は夢主で、実は報われてないのに気付けないっていう。


…次は、なんか明るくてべったべたに甘いのが書きたいですね。


では、ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。






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