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※『病めるとき』続き









刑事を辞めるということを告げた日から、一柳検事はパタリと面会に来なくなった。

愛想を尽かされてしまったかしら。

無理もないことだと、半ば自分に言い聞かせるようにして1週間を過ごした。

その間は、自分の今後の身の振り方を考えたりとか、辞表を書いたりだとかの作業に集中した。

そんな風に、余計なことを考えないよう時間を消費すること7日間。

彼は、唐突にやってきた。



「なまえ!」

「あら。こんにちは、一柳検事」



病室の引き戸を勢いよく開ける彼の様子は、何だかいつも通りだ。

だから私も、1週間前のことは抜かして普通に接する。



「今日もお元気そうで何より。若いっていいですねぇ」

「お前だってまだ21だろ」

「早生まれなだけですから、すぐに22歳ですよ」 

「変わんないよ」

「二十歳超えると、そうも言ってられないんです」



そんな下らない会話をする。

その間、彼は丸椅子を引っ張ってきてベッドサイドに座る。

あまりにも普段通りなので、先週のことに触れるべきか否か迷った。

すると、それについては彼からアクションがあった。



「…なぁ、なまえ。その…先週の話だけど」

「辞表はもう書き上げました。退院したら警察局長に提出します」

「そうじゃなくて…いや、それはそう…なんだが、」



何だか歯切れが悪いし、言っている意味が分からない。

先を促すように見つめれば、彼は若干詰まりながら続けた。



「オレ…1週間、色々考えたんだ」

「何を、でしょうか」

「なまえと一緒にいられる方法」



飲んでいたお茶が、気管に入りかけた。

盛大にむせると、彼はうろたえながらも背中を叩いてくれた。



「だ、大丈夫か?」

「…な…わけない、でしょう」



いきなりあんなこと言われるなんて、予想していなかったから。

私と一緒に……って、どこの少女漫画よ。



「貴方、意外と乙女さんなのですか」

「?オレは男だぞ」



ずれた回答に脱力する。

つっこむ気も起きなかったので、先を促す。



「お前の足については…納得したつもりだ」

「…そうですか」

「担当医にも聞いた。…どうにかならないかって」

「答えは?」

「………」



その沈黙で十分だった。

あの真面目な医師は、身内でもない彼に問い詰められて、律儀に答えてしまったんだろう。

誤魔化すことなく、正直に。



「やはり刑事を続けるのは無理でしょう。…ご納得、頂けましたか?」

「…ああ」



彼の表情を見れば、全てを飲み込めたわけではないことが読み取れる。

それでも彼は、頷いた。

なんというか。色々と、成長したよなぁ。



「御剣検事にも相談したんだ」

「なんて人になんてこと相談してるんですか」

「お前が刑事を辞めるのは…仕方ないことだって、言われたよ」



それはそうだろう。

車椅子の刑事など、聞いたことも見たこともない。



「…オレ、嫌なんだ」

「何がです」

「お前が辞めたら、何の関わりもなくなるだろ」



今までは、刑事と検事という関係でつながっていた。

けれど私が一般人になることで、そのつながりは絶たれる。

それが、嫌だ。



「どうしてそう思うのかは分からない。けど、とにかく嫌なんだ」



だから、どうすればいいか考えた。

なまえが警察組織にいなくなっても、関わりを持っていられる方法。

自分なりの答えを出すまでに、実に1週間。

彼の話を聞いていて、知恵熱を出してはいなかったかとても気にかかった。



「…では、答えは出たのですか」



彼はゆっくり頷く。

そして、私の名前を呼んだ。

返事をすると、おもむろに手を取ってくる。

両手で包まれ、きゅっと力を込められた。

…何だろう。

天然に見えて、もしかして狙ってるのかしら。



「うちに来い」

「はぁ。……え?」



あんまりにも――あんまりな言葉に目が丸くなる。

こんなにあからさまに丸くなるのを感じたのは、久しぶりだ。



「ええと…検事?それってどういう…」

「オレん家に住め」



父親がいなくなり、他に家族もいない彼は現在、かつて父と過ごした家で一人暮らしをしているそうだ。

週に何度かお手伝いさんが来ているらしいので、家事には困っていないという話で安心した―――じゃなくて。



「それで、何故私が検事のお宅に住むんですか」

「?だって部屋余ってるし」

「そういう問題じゃないでしょうよ」

「じゃぁどういう問題だよ」

「まず、私にだって家があります。賃貸ですが」

「お前1人で生活できるのか?」

「…難しいでしょうけど。そこは何とかします」

「何とかって、具体的にどうするんだ」

「こんな時ばっかり細かいですね。…まぁ、福祉制度なんかを駆使してですね…」

「金かかるだろ」

「何してもお金はかかりますよ」

「うちに住んだら家賃浮くぞ」

「何売り込んでるんですか。だから、お金とか云々の話じゃないんですって」
 

「お前、結局何が言いたいんだよ」



彼はいっそう不思議な顔で私を見つめた。

なんか珍しくマトモな会話のキャッチボールをしている気がするが、それは今関係ない。



「…いいですか、一柳検事。ひとつ屋根の下で未婚の若い男女が生活するって、どうなんですか。ていうか貴方未成年でしょう、余計にまずいですよ」



うっかりしたら私しょっぴかれちゃいます。

必死に訴えるも、彼のアホ毛は「?」マーク。

…引っこ抜いてやろうか。



「何を気にしてるのか分からんが、もう許可は取ったぞ?」

「…は?」



おそるおそる、誰に、と聞いてみる。

彼は至極普通に答えた。



「御剣検事」

「あの人いつから貴方の保護者になったんですか!?」

「と、水鏡」

「保護するのは詩紋くんだけにして下さい!」



何だかんだで甘い2人に聞こえるはずのない抗議をする。

というか、何で許可出した。



「なまえは色々分かってるから大丈夫だ、って言ってた」

「色々って何よ、色々って」
 
 



思わず検事の前で敬語が外れた。

すると、彼のアホ毛が「!」になった。



「ど、どうしたんですか」

「さっきのがいい」

「は?」

「敬語。ない方がいい」



急になんだ、こっちはそれどころじゃないんだとちょっと睨む。

しかし彼は嬉しそうに笑っている。

相変わらず、彼の喜びどころが分からない。

――何だかすごく、力が抜けた。

ぐったりと頭を枕に預けていると、私が納得したと勘違いしたのか彼は話を続ける。



「アパートの引き払いと引っ越し業者は頼んどいたからな!」

「…既に拒否権ないじゃないですか」

「こういうのは早い方がいい、って水鏡が手配してくれた」

「私は貴女という人を完全に見失いましたよ、水鏡裁判官」



ため息をつく。

深く深く。

でも、何故か嫌ではない自分に気付き――嘘でしょ、と思った。



「お前の部屋は1階でいいな」

「一応言っておきますが、私返事してないですよ」

「一緒に住むの、嫌か?」

「……そういうわけでは、ありませんが」

「それなら構わないよな!」



急に捨てられた子犬みたいな顔して。

やっぱり確信犯なんじゃないの、この子?

そうなったら、あの父にしてこの息子ありって言っちゃうわよ。

もう逃げ場はないのだろうけど、このまま押し切られるのもシャクだ。



「一柳検事。ひとつ、いいですか」

「ん。なんだ」

「さすがに、いつまでも検事のご厄介になるわけにはいきません。従って、期間を決めさせて頂きたいのです」

「いつまででもいていいぞ?」

「だからそういうわけにもいかないんですってば。…それで、ですね。期間の話ですが、」




今思えば、何でそんな条件提示をしたのか疑問だった。



「検事は先程、私と何の関わりもなくなるのが嫌だと仰いましたね」

「言ったな」

「その理由が分からない、とも」

「ああ、分かんないな」

「では、理由が分かるまで…ということで如何でしょう」



彼は一瞬ぽかんとした。



「理由…?」

「私とその…一緒にいたい理由、です」



自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

私、こんなキャラじゃなかったはずだけど。



「それが分かるまで…ご厄介になります」

「そうか、分かった」



あきらかに私の言いたいことを理解してないみたいだけど、まぁ…もういいや。

彼が嬉しそうなら、それでいい。

結局私は、この人には適わないらしい。



「…意外と罪よね」

「?何か言ったか」

「やっぱり、弓彦さんは年上の方に好かれそうだと言いました」



しれっとごまかして、窓の外に目をやる。

綺麗な夕日が目に刺さった。

明日も晴れそうだな。








死が別つまで

(何だかんだで貴方の思い通り)




―――――――――――

弓彦3部作でした。

全然キャラが掴めていませんね…。

今回の弓彦さんは、夢主に相棒として全幅の信頼を寄せていて、ついでに夢主に対する恋愛感情に自分で気付いてないということで大分従順なキャラにしてみました。

これからの同居生活で色々あるんじゃないですかね(適当)

で、7年越しくらいで結局結婚するんだと思います。

弓彦さんは好きな子ほどイジメそうなイメージですが。

検事2もっかいやろう。

しかしソフトどこいった…orz




20131017




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