Log1 | ナノ



※引き続きファンタジー展開。

※ギンがしゃべる。
口調とか性格はねつ造ですので、悪しからず。








ばさばさという、重たい羽音。

頑健な脚が窓の桟をがっちり掴む、冷たい音。

恐る恐る振り返ると、そこには今一番会いたくない人がいた。

いや、人ではなくて…鷹だけれど。

ギンは窓から入ったところで動きを止め、じっとこちらを見つめている。

見慣れない黄色い小鳥がいるので、不審に思ったのかもしれない。



「あ、ぎ、ギンくん…」



思わず呟くと、ギンはつと首を傾げた。



「…何故、俺の名を知っている?」



人間が聞いたら「ぴゃー」としか聞こえないだろう声で、ギンはそう問うてきた。

鳥型の時は、動物たちの話していることが何となく分かるようになる。

たまに分からないことがあるが、それは何だかんだで私が人間だからなのだろうか。

そう信じたい。

ペットは飼い主に似るものなのか、ギンの声は主人と同じく低い。



「えっと、その…」



彼もまさか、目の前にいる小鳥が主人の部下だとは思っていないのだろう。

初対面なのに自分の名前を知っている黄色いのが、いっそう怪しく見えたに違いない。



「だ、だって君、有名だから」

「…有名?」

「うん。裁判所に住んでて法廷にも立っちゃう鷹なんて、そうそういないし」

「まぁ…確かに、他には見たことはないが」



鳥の間での有名人――有名鳥というべきか――ということにすると、一応ギンは納得してくれたようだ。

だが、やっぱり私のことを怪しんでいるらしく、慎重にこちらに近づいてくる。

机のそばに据え付けられた止まり木に降り立つと、こちらを見下ろした。

その角度が尋常でなく怖い。



「それより、何の用で入った?ここは俺の主の部屋だ」



それと。

賢い鳥は、私の足元の書類に視線をやる。



「その紙類は、主が仕事で使う大切なもの。…主の職務の邪魔をしようというなら、容赦はしない」



ばさり、とギンは逞しい翼をはためかせた。

眼光は射抜くようで、夕神検事が厄介な証人や失敗をやらかした部下に向けるものと酷似している。



(ど、どうすんのよ、これ…)



怖いを通り越して頭がくらくらしてくる。

とりあえず誤解を解こうと、私は震える舌を叱咤して言葉を出した。



「そそ、そんなことないよ!邪魔なんて滅相もない!」



そんなことしたら私まで怒られちゃう。

心の中で付け足す。

夕神検事だけでなく、検事局長にまで来月の給与査定を楽しみにしておくよう言い渡されてしまう。

私の必死の弁解に、ギンはとりあえず私を食べるのはやめてくれたらしい(本当に食べるつもりだったかどうかは分からないけど)。



「それならいい」



そう一言、今度は反対側に首を傾けて違う質問をしてきた。



「あなたはどこから来た?見たところコザクラインコのようだが…主に嫌気がさしたのか?」



少なくとも、この界隈には野生のコザクラインコは生息していない。

従って、私も誰かに飼われていて、飼い主から逃げたくて脱走してきたのかと考えたらしい。

そこで一瞬考えて、私はちょっと嘘をつくことにした。

ギンには申し訳ないけれど。



「そうじゃないんだけど……『空』ってものを、飛んでみたくて」



私はそれから、いくつかの作り話をした。

生まれは遠くの町のペットショップで、今の主に買われてこちらに引っ越してきたこと。

生まれてからずっとケージの中で過ごしているため、一度空というものを自由に飛んでみたかったこと。

主が洗濯物を干す時に開けたベランダの窓から、思い切って外に飛び出したこと。

出かけたはいいが疲れてしまい、たまたま開いていた窓から入って一休みさせてもらっていたこと。

迷惑になるだろうから、もう退散すること。



自分でもこの短時間でよく思いついたなと思うほど、すらすらと説明した。

その話をギンは信じたらしく、そういうことだったのかと頷いている。



「非礼を詫びよう。疑ってすまなかった」

「いいのよ。知らないのがいたら、普通は怪しいと思って当然だもの」

「代わりといっては難だが…もう少し、休んでいったらどうだ?」



意外な提案で、私は目を丸くする。



「でも…あなたのご主人様、まだ仕事中なんでしょ?迷惑になっちゃうよ」

「心配ない。主は、俺達の仲間全般に優しいから」



やっぱり夕神検事は、無類の鳥好きらしい。



「それに、あなたは美しい。きっと主も気に入る」

「え、?」



突然褒められて頬が熱くなった。

しかしギンは、恥ずかしがる私を見てきょとんとしている。

気障なつもりで言ったわけではないらしい。

…余計、恥ずかしい。



「あなたの主は、あなたをとても大事にしているんだな」



私の主はどんな人なのかと聞かれ、ちょっと困る。

でもすぐに、答えを思いついた。



「えっと、私のご主人様は若い女の子なの。検察事務官とかいう仕事をしてて。名前はなまえっていうんだ」



それを聞いて、ギンの目が丸くなる。



「それは…主の部下の名だ」
 
「え?」

「主の補佐をしている事務官に、なまえという名前の娘御がいる」



ギンはそこで、意外そうに首を捻った。



「そうか。…俺達の仲間が、嫌いなわけではなかったのだな」

「どういうこと?」

「あなたの主は、俺に会う度ひどく怯えるんだ。てっきり俺達の類が苦手なのだと思っていた」



上官の聡い相棒は、私が彼を怖がっているのをちゃんと見抜いていたらしい。

本当に頭の良い子だ。



「だが、あなたを大切にしているのなら、そうではなかったのだろう」



どこかほっとしたように、彼は言った。

その様子に、何だか申し訳ない気持ちになる。

こっちが勝手に怖がって、彼に嫌な思いをさせてしまった。

彼を可愛がっている夕神検事にも申し訳ない。



「あの…ごめんね、ギンくん」

「何故あなたが謝る?」

「えと、ご主人様の代わりに」



人間は私の言葉が分からないから、今の話を伝えられない。

でも、知ったらきっと、彼女はあなたに謝りたいと思うだろうから。

そう言うと、ギンは私をじっと見つめた。



「…あなたは、優しいんだな」

「へっ?」



私の頓狂な声には答えず、ギンはふわりと机の上に降りてきた。

机の隅で膝を折り、ちらりとこちらを見る。



「人間のようなもてなしは出来ないが、ゆっくりしていってくれ」



彼の金色の目を見つめる。

これまでのような恐怖は、湧き上がってこなかった。

私は短い脚でちょこちょこ歩き、彼のすぐ隣に同じように座った。



「では、お言葉に甘えて」



そう言うと、彼はちょっと首を傾げて目を細めた。

笑った…のだろうか。



「あなたの主と俺の主は、話が合いそうだ」

「そうかな?」

「これで主の懸念も解ける」

「夕がm……あなたのご主人様の?」

「彼女が俺に会う度怯えるから、仕事中は俺をどこかで待機させておこうか迷っていたようだ」

「そうなんだ…ほんと、ごめんね」

「だから、どうしてあなたが謝るんだ」



午後の日差しの中でそんなやり取りをしていたら、眠くなってきた。 
今まで、鳥に変身してしまう自分の体質で悩んでいた。

こんな家系に生まれたことを恨みさえした。

けれど、この時初めて―――悪くない、と思えた。



(ありがとう、ギンくん)



見た目はかなり怖いけど優しい、私の上官のような彼に対する感謝の言葉は。

実際口から出たのか心の中だけで呟かれたのかは、結局分からなかった。








「………」



夕神迅は、この後どうすべきか寸の間考えた。

昼休憩終了から今まで続いた会議から戻ってみれば、己の飼い鳥と部下が机で眠っていた。

この部下は会議にも顔を出さなかったので、何かあったのかと心配していたところだった。

とりあえず部下を叩き起こすことにして、夕神は音を立てずに彼女の背後に回る。

なかなか可愛い顔をして眠っているが、そんなことは関係ない。

夕神は驚くほど速い動作で、彼女の後頭部へ手刀を放った。

ごんっという良い音が室内に響く。



「痛ったああああああ!!?」

「おはようさん」



突然の襲撃に飛び起き、後頭部を抑えて再び机に伏す。

背後からかけられた冷静な声に、部下は涙目でこちらを見上げた。



「ゆ、ゆ、ゆうがみ、けんじ?」

「上司の机で寝るたァ、いい御身分だねェ」



検事は笑顔だ。

この上なく、意地の悪い笑顔だ。



「す、すみません!今すぐ退けます!」

「座っててもいいんだぜ?事務官どのはお疲れみてェだしなァ」



捜査会議に出席できないくらい。

付け加えられて、はっとする。

そういえば、今日は午後一番に会議がある予定だった。

夕神検事が担当する事件なので、補佐官の私も出席しなければならない、大事な会議だったのに。

さぁっと血の気が引く。

本日何度目だろう。



「も、申し訳ありません…!あの、そのっ、私…!」



頭の中は真っ白だが、それでも必死に謝罪の言葉を口にしようとする。

しかし、突然頭にぼすんと何かが乗っかって、声を飲んだ。



「…え、えーっと…検事?」



恐る恐る呼ぶと、検事は私の頭に乗せた手で、そのままぐしゃぐしゃ撫で出した。



「あわわ、ちょっ、検事、なにす、」



散々髪をぐちゃぐちゃにして、やっと手が離れる。

ちょっと視界がぐらぐらした。

夕神検事はそんな私を見て、ふっと笑い―――不意に、真面目な顔になった。



「急用ができた時は、ちゃんと連絡しろ。探すだろうが」



…心配、してくれたのかな。

くしゃくしゃにされた頭が、何だか暖かいような、そうでないような。



「申し訳…ありませんでした」

「謝るのはいいから、さっさとこれ片付けて来な」



そう言って彼が取り出したのは、分厚い書類の束。



「さっきの捜査会議の資料と関係書類だ。俺が帰るまでに中身頭に叩き込んで、書類書いてこい」



今日は定時で帰るからな。

いつも誰より遅くまで仕事場に残っているのに、こんな時ばかり意地の悪いことを言う。

時計を見ると、定時まであと1時間。

これは、とにかく急がないと。

私は慌てて書類束を抱えると、一礼して騒がしく執務室を出た。

閉まる扉の向こうで、上官がひらひらと手を振っているのが見えた。

そして、その相棒はまだ寝ているようだった。



(…ギンくん、)



また、話したい。

そう思った。



「…あ、時間やばい、時間!」



腕時計を見、私は脱兎のごとく走り出した。







「…面白ェ嬢ちゃんだな、全くよ。…なァ、ギン」



何とも楽しげに、のどの奥で笑いながら。

彼は、たった今目を覚ました相棒の背を撫でる。

当の相棒は、何故かきょろきょろと辺りを見回している。



「…?どうした」



主が問うと、ギンは窓の方に目をやって目を瞬いた。

つられて夕神もそちらを向く。

彼らの視線の先で、窓はほんの少しだけ、開いていた。

まさに、ちょうど小鳥が1羽通れるくらい。







幸せと黄色い鳥



↓オマケ

「終業10分前か。流石だな」

「…あ…ありがとう、ございます…」

「したらば、帰るかね。嬢ちゃんも上がっていいぜ」

「はい…」

「ああ、働きついでにもう1つ頼まれてくれるかい」

「な…何でしょう」

「お前さん、ラーメン好きか?」

「え?…好きですけど」

「そりゃぁいい」

「え、えっと…検事…?」

「あの店、なんつったか…やきぶた?」

「…多分『やたぶきや』だと思います」

「そう、それだ」

「あの…もしかして、行くんですか?」

「ああ。嬢ちゃんのおかげで、久しぶりに定時に帰れるしな」



お前さんも付き合ってもらうぜ。



「…では、お言葉に甘えて」



ご一緒、します。







―――――――――

『幸せと黄色い鳥』前後編でした。

ストレスがかかると鳥になってしまう夢主の体質は、『ねこ○こハニー』という某漫画から。

本当は、主人公が変身するのは猫ですが、夕神検事は鳥好きなので鳥になってもらいました。

ちなみにコザクラインコというのは、ペットとしても普及しているインコの仲間です。

色は夢主のような黄色や、青とかもいます。

人によく懐き、やがて飼い主にベッタリになるらしいです。

飼い主がパソコンいじってたら、嫉妬してマウスに攻撃することもあるみたいです´`*

そんな特徴から、結婚式で新郎新婦へプレゼントされることもあるとか。

夢主もいつか夕神検事にベッタリになるんでしょうか。

はたまた、ギンくんにベッタリするんでしょうか。

ていうかこの話、お相手ギンでいいよね…?




20131007




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