Log1 | ナノ



※教授と夕神さんin検事局






「ジンにいちゃーんっ」



ころころと鈴が転がるような声に目を上げる。

声と呼び方からして、親友である法医学者の娘だ。

現在7歳の彼女は、母親と違って安心して「可愛い」と言える。

母親も可愛いことは可愛いが、見た目だけである。

その点娘の方は、外見も中身も両方可愛い。

表には出さないが割と子供好きな方である夕神が、可愛がらない道理はなかった。



「おじょ「どーん!」………?」



夕神が振り返る前に、背中にぶつかってきた。

…が。



(……ん?)



違和感。

首に腕が回ったので、多分彼女は抱き着くように胸からぶつかってきたのだろう。

背中に彼女の胸が当たっているのだろうが、何というか。



「………」

「どうしたの、ジンにいちゃん」

「気味悪ィ呼び方すんじゃねェ」


一気にトーンを落とし、夕神は憮然として言った。



「おや、バレてましたか」



彼女の方も、急に声の高さが下がった。

子供特有の跳ねるようなものではなく、落ち着いた大人のそれ。

これでもれっきとした大人である友人は、面白くなさそうに夕神の頭へ顎を乗せた。



「つまらないことです。それに、気味が悪いとは何ですか。失礼な」

「年増に言われても嬉しかねェよ」

「28が年増とか、いつの時代ですか。江戸じゃなくて現代を生きましょうよ、ジンにいちゃん」



“お嬢”以外にされると嫌がる呼び方を繰り返し、なまえはため息をつく。



「うちの娘の呼び方を真似しただけなのに。…ついでに声も」



この友人は、たまにどうやって習得したのか甚だ怪しい特技を見せることがある。

今日は娘の声を完璧に真似し、声帯模写を披露したが、果たして他にいつ使うのだろうか。



「7割、君をからかうためです」

「後の3割は何だ?」

「スルーですか。…娘に読み聞かせを頼まれた際に、役立ちますかね」

意外な答えに夕神はのどの奥で笑った。



「へェ、案外ちゃんと母親してんだな」

「驚きでしょう?この私が、意外としっかりお母さんしてるんですよ」



自分で言うなと思うが、否定は……しない。

本を読むのが好きなら、今後プレゼントとして買う機会もあるかもしれないと思い、彼女の娘がどんな本を好むのか尋ねてみた。

すると、答えは。



「『グレイの解剖学』、ですよ」

「…は?」

「いやだから。『グレイの解剖学』です。いつまで経っても色褪せない、名著中の名著ですね」



かくいう私も、学生時代は散々お世話になりました。

そんなことを言っている友人に、やっぱりこいつは変人だ、と思った。



「お嬢にそんな小難しいもん読ませてんのか」

「彼女が、私の本棚から持ってくるんですよ。『読んで』って」

「…どうやって読み聞かせるんだよ」



先程友人は、声帯模写が子供への読み聞かせに役立つと話していた。

しかし、娘が読んでとせがんでくるのは、『グレイの解剖学』。

今から約100年前に発刊されて以降、医療関係者たちに愛読されている人体解剖学の名著だ。



「最初はどうしようかと思いましたけど。適当に、部位ごとに声を当てていたら気に入ったようですね」

「部位ごと?」

「心臓は熱血系少年、肝臓は寡黙で礼儀正しい好青年、耳小骨は三姉妹です」



ちなみに長女はセクシー、次女は堅物、三女はボーイッシュです。



「彼女のイチオシは肝臓だそうです」

「そう、なのか」

「ええ。ジンにいちゃんみたいだ、って言ってましたよ」



突然自分の話が出てきて、目を丸くする。

彼の表情は顔を見なくても分かるらしく、なまえは楽しげに続けた。



「肝臓って、解毒とかアルコール分解の機能とかがあるんですが」



体に入ったアルコールを分解するために肝臓は尽力し、毒に侵されてしまわないよう人の体を守る。

加えて、何か病変があっても症状が出にくいことから、『沈黙の臓器』とも呼ばれている。



「自分のことよりも、主の体を優先させる。『お嬢は俺が守る!』…って台詞も添えたら、すっかりお気に入りになったようですよ」



臓器に喋らせる読み聞かせなど聞いたことがないし、台詞回しも何だか故意的である。

まぁ、娘が喜んでいるのなら構わないのだが。



「『おかあさんのこと言ってたのとおんなじ!』って、感激してました」

「…あ?」

「言われた当事者ですから、覚えてたんでしょうねぇ」



ふふふ、と不適に笑い、友人は横から顔を覗き込んできた。



「この前の、私が大変だった事件。覚えてます?」



問われて、夕神は頷く。

数ヶ月前、なまえはとある事件に巻き込まれた。

その事件で担当検事を務めたのが、夕神である。

出所して初めて扱った事件で、しかも親友が関わっているとなれば、彼の捜査への力の入れようは半端ではなかっただろう。

表には、決して出さないが。



「その時に、娘に言ったそうですね」



そこで、彼女はかがんで耳元に唇を近づけた。



「―――……、」

「…!……言ってねェよ」

「またまたぁ。照れなくていいんですよ」



けらけらと笑いながら肩をつついてくる友人。

「うるせェな」と一言、夕神は長い指で彼女の額を突いた。

この上なく的確に、眉間にヒットする。

うっと呻いて、背中の重みが離れた。



「ちょ、そこ…急所…」

「知ってらァ」



さらりと返し、彼は椅子から立ち上がった。



「…どこ行くんですか」

「仕事だ。お前さんはもう帰りな」

「えー」



年甲斐もなく唇を尖らせる友人を、肩ごしに見返って。



「そろそろお嬢の学校が終わる時間だろ。迎えに行かなくていいのかねェ」



なぁ、“おかあさん”。



「…私、君の母親じゃないですけど」

「嫌味だよ。察しろ」

「分かってますよ」



ため息をついて、なまえも彼と一緒に扉へ向かって歩く。



「今日の夕飯、何にしたらいいと思います?」

「お前さん、料理出来たのかい」

「切るだけなら。後は彼女がやってくれます」

「お嬢の方がよっぽど主婦向きだなァ」

「知ってますよ、それくらい」

そんな風に言い合いながら扉をくぐり、廊下で反対方向に歩き出す。



「じゃ、今度からは君に読んでもらうよう言っときますね。『グレイの解剖学』」



ふざけたことを言って、友人は手を振って去って行った。

やはり己は肝臓役をせがまれるのだろうか。

友人の娘の、きらきらした目に見つめられたらどうにも断れないな、と夕神はちょっと笑った。









法医学者の晩ごはん

(レバニラとかですかね?)

(おかあさん、ホルモン食べれないでしょ)

(そうでした)






―――――――――――

夢主と夕神さんの会話は、大体お嬢を中心に展開してるようです。

夢主が巻き込まれたという事件ですが、ぶっちゃけ何にも考えてません(^q^)

でも夕神さんの親友だし、1度や2度は被告人くらいなってそうだと思いまして(すごくはた迷惑ですけど)

その時、お嬢に夕神さんが何て言ったのかはご想像にお任せします。

ネタ考えついたら事件の話も書くかも…?

いいネタ思いついた方は、桜雲まで(^o^)←




20131006



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -