※ファンタジー的展開。 生まれ変わったら、鳥になりたい。 鳥は大空を自在に飛ぶことができて、自分の意思でどこへでも行ける。 何者にも縛られることがない。 まさに、自由そのもの。 ―――そんなことを言う人がいるけれど、私はそういう人にヒトコト言いたい。 一見適当に飛んでいるように見えて、実は風の向き、障害物との距離、着地点付近の安全など、色々なことに気を配らなければならない。 体重を軽くするために骨はかなり脆くなっているから、ガラス窓なんかにぶつかりでもしたらポキンといきかねない。 他の生き物たちの警戒もしなきゃいけないし、空を飛ぶのは緊張の連続だ。 その辺りを、よくよく分かって欲しい。 と、何故私がこんな夢のないことを言っているのかと言うと。 (…どうすんの、これ…) 見上げた視線の先には、鋭い眼光と尖ったクチバシ。 視線を下げれば、太い爪のそろった頑健な脚。 頭から血の気が引くのが分かる。 どうして、こんなことに。 そればかりが頭の中でぐるぐる回る。 ―――今朝。 「こちらは本日11時までに警察局、そちらは明日の朝一番に局長へ提出となっております」 クリップボードに挟んだリストを見ながら、淀みなく説明を行う。 目の前の上官は、私が持ってきた書類群に目を落として黙って話を聴いていた。 「…以上です」 「ああ。ご苦労さん」 話を終えた私に、上官は労いの言葉をかけてくれる。 外見の割に優しいところもあるということを、私は最近やっと理解することができた。 彼は、私が検察事務官として補佐をしている夕神迅検事。 心理学に精通していて、法廷ではその知識を駆使して場の空気を自分のペースに持ち込んでしまう、すごい人だ。 多分美形といっていい見た目だけど、それを上回って雰囲気が怖い。 中途半端なことを言うと弁護人も証人も関係なく刀のサビにされるし、睨まれたらそれこそ石のように固まってしまうだろう。 私自身はたまにからかわれるくらいで、検事に怒られたことはあまりない。 仕事ぶりもちゃんと評価してくれるし、ちょっとヒネてるけど良い上官だと思う。 それでも。 「…?どうかしたかい、嬢ちゃん」 私は、この人が怖い。 正確には、この人が飼っている鷹―――ギンという名前の―――が怖い。 飼い主によく懐いているので、検事の命令がなければ襲ってくることはない…と思う。 でも、あの鋭い目で見られると、背筋が凍る。 法廷で弁護人や証人が彼につつかれているのを見るだけで、冷たい汗が出てきた。 だから、この時。 止まり木に止まって検事に撫でられている彼を、私は横目でちらちらと見ていた。 顔が引きつっていたのだろうか、夕神検事が私の顔を覗き込んできた。 「具合でも悪いのか」 「い、いえ…」 曖昧に笑って見せて、私はとにかくギンから離れようと、急いで一礼し退出した。 昼時。 ため息をつきながら、私は丼物屋さんから検事局への道を歩いていた。 今朝は上官に対しておかしな態度をとってしまった。 その上、心配までさせてしまって、本当に申し訳ない。 美味しい親子丼を食べても沈んだ気分は上がらず、落ち込んだままで横断歩道を渡る。 ―――と。 「あ、危ない!!」 「…え?」 突然聞こえた切羽詰まった声に、顔を上げる。 その先には。 こちらに迫ってくる、車高の高いトラック。 確かに青だったはず、と信号を確認する余裕もなく、トラックはみるみるこちらに近づいてくる。 (…あ、ダメだ) 頭の中は妙に冷静だったが、足は全く動いてくれない。 これまで20数年生きてきたが、これまでか。 周囲の人々が悲鳴を上げ、間に合わない、と目を瞑る。 哀れ、うら若い女性の体はトラックに跳ね飛ばされ――― 「…え?」 群衆のひとりが、声を上げた。 トラックは急ブレーキをかけ、アスファルトに黒い痕を残して停止した。 その軌道に先程の女性の姿は……なかった。 道路の上のどこにも、女性はいない。 いったい何だったのだろう。 呆然とする人々の頭上を、1羽の鮮やかな黄色の小鳥が飛んでいった。 「…ど、ど、どうしよう…」 私は窓のところに立ってガラスを見つめた。 目の覚めるような黄色い羽に小さな体。 首元の羽毛はピンク色で、くりっとした黒い目とちょこんとしたクチバシ。 どこからどう見ても、紛うことなき小鳥である。 ため息が出た。 私の家は、けっこう古くから続く旧家だ。 そして代々何人かずつ、おかしな特徴を持った子供が生まれる。 その特徴とは。 『極度の精神的負担がかかると、鳥類に変身してしまう』 という、ファンタジーにも程があるもの。 嘘かと思うのも無理はないが、本当だ。 現に私は、トラックにひかれそうになったことで小鳥に変身してしまっている。 ちなみに私の父はコノハズク、姉はシロフクロウ、弟はハサブサにそれぞれ変身する。 そして私はコザクラインコ。 どうして私は猛禽類じゃないんだ、とちょっと不満に思う。 そんなことより、これからどうするかだ。 小鳥に変身したことでひかれずに済み、何とか検事局まで戻ってきたはいいが、どうすればいいか分からない。 昼休みとはいえ仕事中に変身したのは初めてで、人間の姿に戻るにはある程度時間経過が必要だ。 具体的な時間はバラバラだし、昼休みが終了しても戻れなかったら夕神検事に迷惑がかかる。 「と、とりあえず中に入ろうか…?」 夕神検事の執務室の窓にやってきていた。 ここなら、ギンのために窓が開いていることが多いので、入れるかと思ったのだ。 案の定、窓は私が楽々入れるくらいの隙間が開いていた。 検事局のどこかに隠れて戻るのを待つことにして、室内を確認する。 幸い、誰もいない。 夕神検事はともかく、ギンがいないのはありがたい。 彼から見たら、今の私は捕食対象にしか見えないだろうから。 「失礼します…」 一応そう断って、執務室に入る。 机の上に降り立つと、片付けられた書類が積まれていた。 「いつも思うけど、夕神検事って字が綺麗よね…」 意外…と言っては失礼なのだろうけれど。 書類は少し癖はあるが綺麗ですっきりした字で書かれていて、とても助かる。 少し前に私の先輩事務官が結婚した時は、字に自信のない職員が列をなしてご祝儀袋の宛名書きを頼みに来ていた。 文句を言いつつ引き受ける検事は、やっぱり根は良い人なんだと思った。 言わずもがな、筆字もすごく達者だった。 今朝持ってきた分はもう終わっていて、他のものと別にして整理されている。 こんな姿で仕事をするのはどうかと思うが、後が楽かと思って書類の確認作業を始めた。 ―――と。 ばさばさ、と重たい羽音が聞こえた。 室内の空気が動く。 人間の姿の時なら、冷や汗が背中を伝っただろう。 足元を覆った影に振り返ると、 「あ、あ…」 1羽の鷹が、こちらを見つめていた。 |