Log1 | ナノ



自覚はないが疲れていたのか。

はたまた、特に理由はなかったのか。

結局どちらか分からなかったが、ともかく。

先に帰っているはずの恋人に甘えたかったのは事実。

全く、そんなキャラではないけれど。



「…なまえ、」



呼んでみる。

が、返事はない。



「いねェのか?」



鍵を開けたままで外出するなど不用心にもほどがある。

夕神は元々良くない目つきを更に鋭くした。

しかし、それに関してはすぐに返事があった。



「…いるよ」



首を巡らせてみると、ベッドの上に投げ出された足の先が見えた。



「返事くれェしろよ」

「……うん、ごめん」



何だか上の空である。

部屋を移動すると、理由が分かった。

やけに静かだと思えば、ベッドの上にうつ伏せになって漫画本を読んでいる。

夕神は小説は読むが漫画は嗜まない。

対して彼女は、小説も漫画も大好きである。

壁一面を覆う本棚には、彼女が本屋を巡って集めた小説・漫画本が所狭しと並んでいる。

いつの間にか、夕神の持ち物である法曹関係書籍は隅っこに追いやられていた。

と、本棚の前にズラリと並んだ見覚えのない背表紙群。



「…また新しいのか」

「ん」

「ちったァ考えて買えよ」

「1冊100円」

「金の話じゃねェからな」



ちなみに何冊購入したのか尋ねると、



「50冊セット」

「…1回斬っといた方がいいかねェ」



彼は本棚の空きスペースを考えるように言っているのだが、言葉は彼女の耳から脳内を素通りして出て行っているようだ。

明らかに入らないのに50冊も買ってくる彼女に対して、夕神が物騒なことを言うが、生返事が返ってくる。

増やしたら増えただけ売る等すればいいのだが、彼女は一度手元に置いた書籍は絶対に手放そうとしない。

愛着が湧くらしいのだ。



完全に集中している彼女の背後で、夕神の機嫌は下降の一途を辿っている。

ひとつは、前述した大人買いのせい。

もうひとつは、



「…おい、なまえ」

「んむ」

「………」



切れ長の目がすうっと細くなる。

もうひとつは、彼女の態度。

だが、そこは大人である夕神検事。

漫画本を取り上げるなどという、子供っぽい真似はしない。

代わりに、違う方法で邪魔をするまでだ。



「何読んでんだ?」



軋ませないよう配慮してベッドに腰掛けつつ、尋ねる。

彼女は1拍置いてとある有名タイトルを答えた。

流行ものに疎い彼でも知っている、長いこと連載している人気作だ。

読んだことはないが。



「面白ェのか」

「そこに痺れる、憧れるぅ」

「…は?」

「名言頂きました」



本から目を離さずに不可解な言葉を発する。

独り言なのか、彼に向かって言っているのか分からない。

劇中の台詞…なのだろうか。

それきり、彼女はまた口を閉じて本の世界に戻った。



「………」



ページをめくる指先に噛みついてやりたくなる。

が、それは後回しにして、彼は本格的に邪魔をすることにした。



「…む」



わずかにベッドが沈んで、彼女は肩越しに首を巡らせた。

至近距離で、彼と目が合う。

彼女の体を挟んだ向こう側に手をついている。

どうかしたかい、とでも言いたげな目で見返され、彼女は無言で本に視線を戻す。

―――そして、わずかの間。



「……っ?」



唐突に腰辺りに何かが触れる感触がして、手がぴくっと跳ねる。

訝しげに振り返ると、やっぱり彼と目が合った。



「服。めくれてたぜ」

「…ありがと」



キャミソールの裾を直してくれたらしい。

なんとなく口角が上がっているように見えるのが気にかかるが、とりあえず物語に戻る。

息もつかせぬ展開と一癖も二癖もある登場人物たちに、あっという間に引き込まれる。

そして思わず、



「ツェペリさんイケメンだなー」



瞬間。



「いっ…!?」



突然背中を襲った痛みに、思わず本を取り落す。

しおりなんか挟んでいない単行本が、ばさりと閉じた。



「ちょっ…迅さん?」



いきなり爪を立ててきた本人は、至って普通の顔である。



「気にせず読んでてくんな」



そんなことを言った。

間違いない、口角が上がっている。

しかも、意地の悪い方向に。



「………」



半ば意地になってきて、なまえはあえて触れずに本を拾い上げ、ページをめくる。

途中だったところまでは、すんなり見つけることができた。

目は紙の上に向かっているが、意識は後方を警戒する体勢に入った。

しかし、しばらく経っても何も仕掛けて来ない。

飽きたのかな、と気を抜いた、その時。



「……ひっ、」



彼女の口から小さい悲鳴のような声がもれた。

背中の、先程爪を立てられた位置に、今度は柔らかいものが当てられた。



「…迅さん」



低い声で呼ぶと、彼は「ん?」と背中から若干顔を上げた。



「何なの、さっきから」



若干不機嫌な声を出すと、気にするなとだけ言って笑う。



「ほら。前向いてろ」



手で半ば強引に顔を戻される。

抗議しようと口を開きかけ―――引っ込んだ。

肩口に軽く歯を立てられる。

続いて、うなじ。

うなじを噛まれるなんて、猫の子にでもなった気分だ……じゃなくて。



「ちょ、っと…待って、」

「ん?」

「ん?じゃないわよ、」



いよいよもって体ごと振り返ろうとした時、今度は耳に噛みつかれた。

今までよりも強めで、思わず怯む。

しかし、噛んできたのは一瞬だった。

その後は打って変わって、もどかしいくらい優しく舐られる。

拍子に変な声が出そうになって、咄嗟に唇を噛みしめて耐えた。

彼女が抵抗しないのをいいことに『攻撃』は続く。

更に、しれっとキャミソールの肩紐を外している。

―――ああ、もう、まったく。



「――わかった、わかったわよ!」



本を大事にする彼女にしては珍しく漫画本をテーブルに放って、体を反転させた。

彼の一瞬の隙をつき、薄い唇に噛みつくような勢いで自分のそれを押し当てる。

同時に首へ腕を回して、そのまま後ろに倒れた。

ベッドが軋む。

がり、と本当に唇を噛んでやると、さすがに痛かったのか彼は顔を上げた。

口元に薄ら血が滲んでいる。

…ちょっと、強くし過ぎちゃったかな。



「犬みてェだな」

「うるさい構ってちゃん」

「構えと言った覚えはねェがなァ」

「あっそ」



なんとも楽しそうに笑うその顔を睨み上げて、冷たく突き放す。



(…構って欲しいならそう言えばいいのに)



本当に、素直じゃないんだから。



「…で?法廷で何かあったの?」

「別にねェよ」

「じゃあ、どうしてまた柄にもないことしたのよ」



どうにも腑に落ちないらしい彼女を視界の端に、服の裾に手を移動させながら彼は言った。









シドとヴィシャスに 手錠 とキス

(たまには甘えさせろ)




――――――――――――

構ってちゃんユガミ検事。

たまにはいいと思うんです、うん。

タイトルは林檎さんの『ここでキスして。』の歌詞から。





20131002





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