※夢主は法医学者(ついでに大学教授)。ついでに子持ち。 「―――迅!」 聞き慣れた声に呼ばれて、振り返る。 そこには、案の定。 「…なまえ」 ラフな服装をした、長身の女性が立っていた。 その手には紙袋。 中身は大かた予想が出来る。 「遊びに来ましたよー」 本人は至って気楽に笑っているが、こっちは作業中である。 ちなみに、風呂掃除。 まぁ、彼女はこちらの都合に関係なくやって来るので、その点については特に言うこともない。 ただ、平日の昼間から刑務所なんかに遊びに来る友人に、いつものツッコミを入れるくらいである。 「大学教授ってェのは、大分ヒマなんだな」 「別に、人に物を教えるために籍を置いてるわけじゃありませんから」 法医学を教えられる人なら他にもいますし。 そんなことを言いながら、なまえは手近な椅子に腰かける。 まさに、勝手知ったる。 「もう終わるから、ちょいと待ってな」 「早くしないとお土産がなくなっちゃいますよ」 「どうせ酒だろ」 「惜しい。プラス、とのさまんじゅうです」 どちらにしろ、酒は持ってきているようだ。 看守に『トモダチ』がいるとかで、彼女はほぼ顔パスで刑務所の入り口をくぐることが出来ている。 どういった『トモダチ』なのかは、聞いても教えてくれないが。 風呂の床を必要以上に綺麗に磨きつつ、彼と彼女は世間話に興じる。 「お嬢は元気か?」 「顔を合わせればそれですね、君は。そんなに私の娘が気になりますか」 いくら君でも、彼女はあげませんよ。 「まぁ、彼女が可愛いのは紛うことなき事実ですけど」 「お前さんは紛うことなき親バカだよ」 「ロリコンさんに言われたくないです」 「俺は違ェ」 「どうだか。……あ、お腹空いたので饅頭開けていいですか?」 「落とすんじゃねェぞ」 返事を待たずにガサゴソやっている彼女に、肩越しに言う。 せっかく必要以上に完璧に磨いた床だ。 続いて、きゅぽんという何かの栓が抜かれる音がした。 振り返ると、彼女は一升瓶を太ももで挟んで蓋を開けていた。 「…ここで飲むのか?」 「せっせと嫌がらせしている君を見ながらというのも、乙かと」 そんなに磨いたら、後に入った人が滑りまくるじゃないですか。 スリッパの先でつるつるの床を示す。 「君って、割と加虐趣味なとこありますよね。私ドSな人好きなのでいいんですけど」 「俺ァお嬢に悪影響ないか心配だよ」 「彼女は賢い子ですから。ちゃんと趣向として理解してくれますよ」 それが心配なんだけれど。 彼は心の中で思った。 床を磨き終え、水を流して終了し、彼女の隣に腰かけた。 すっと差し出された杯を受け取り、口を付ける。 いつもながら、彼女が持ってくる酒は美味い。 こんなところを看守に見つかると非常にまずいが、いつもなまえはけろっとして、 「その時は、『解剖記録』をお見せすればいい話です」 「解剖記録?」 「私が解剖するのは、ご遺体だけではないということですよ」 意味ありげな微笑を浮かべて、そんなことを言っていた。 もう7年以上の付き合いになるが、未だにこの変わった友人には驚かされる。 彼の手にある杯が空になったのを見て、なまえが瓶を傾ける。 そして、何気ない調子で口を開いた。 「…ねぇ、迅」 「ん?」 「法廷に戻るそうですね」 ぴた、と手が止まる。 彼女の顔からは、何を考えているかは分からない。 「ミッちゃんさんから聞きました」 「ミッちゃ…御剣のダンナか?」 本人が聞いたら、元々深い眉間の皺を更に深くするだろう呼称で、彼女が言った。 「本来なら、部外者の私に流していい部類の情報ではありませんが」 彼女はその先は言わなかったが、彼にも予想はできた。 最近検事局長に就任した御剣は、彼らが親しい友人なのを知っていて、その上で彼女に教えたのだろう。 厳格なようでこういう―――“甘い”ところがあるのだ。 殺人罪で死刑宣告を受けた彼に対して、もう一度検事席に立てと言ったように。 「また一緒に仕事が出来そうで、ほっとしました。君ほどやりやすい検察官どのは、なかなかいないんですよ」 「そいつぁどうも」 軽く返しながら、彼は妙な心持ちになっていた。 彼自身、再びなまえと仕事が出来る日が来るとは思っていなかった。 そして、せっかく声をかけてくれた御剣には悪いが、今更己が法廷に立ったところで何が変わるのだろう、と思わなくもない。 そんなことを考えていると、不意に彼女が顔を覗き込んできた。 関係ないことだが、彼女は黙っていれば相当な美人である。 「色々と考えるのも良いですが、とりあえず今は私と組めることを喜んではどうですか」 「……、そうだな」 「おや、随分素直ですね。薄気味悪い」 自分で振っておいて理不尽だ、と少しだけ笑い、彼は杯を口に持って行った。 今日は、少し酔えそうな気がする。 「そんなことより、饅頭うまい」 「何だそりゃ。……おい、なまえ」 唐突に名前を呼ばれて、「はい?」とこちらを向いた彼女の頬に―――指を伸ばした。 「…なに、してるんですか」 「なにって…餡子。ついてんぞ」 そのまま帰ったら間抜け過ぎるだろ、と彼は至極普通の顔で言った。 「…あ、そう」 「?」 「君、そんなことする人でしたっけ?ちょっと驚きです」 「さぁな。…酔ってんじゃねェか」 「ザルが何をほざきよる。それにこれ、いつもより度数低いんですけど」 「うるせェな、いいから飲め」 半ば強引に彼女から杯を奪い、並々注いで渡す。 諦めたように、友人は一気に器を空にした。 最早、風呂場から退散するのが面倒になってきた2人だった。 度数低いけど、美味しいですね。 彼女がぽつりと、そんなことを言った。 宴もたけなわ ↓後書きとか夢主のあれこれとか ―――――――――――――――― ユガミんが誰これ状態。 そういえば子持ちの夢主は書いたことなかったなぁ、ということで。 ま、養子なんですけど。 あと、夢主的に仕事がやりやすい検事の順番は、 夕神>御剣>>牙流>>>ゴドー>>>>冥>>>>>>>>一柳 って感じです。 ゴドーさんとは、コーヒー嫌いなので合わないみたいな些細な理由だったらいい(え ちなみに夢主はユガミさんと同い年設定です。 28で医者兼教授とか意味分からん。 最後で無理やり甘くしようとしたらうまくいかんかったです。 では、ここまで読んで下さった方、ありがとうございました! 20130927 |