私が仕事で組んでいる検事さんは、かわいい人だった。 年下とはいえ男性に対して「かわいい」とはどうかとも思うが、事実なんだからしょうがない。 名前は一柳弓彦検事。 以前地方検事局の局長をしていた一柳万才氏の息子さんだ。 彼が検事になってから、私は水鏡裁判官とともに彼に付き添って捜査を行っていた。 白状すれば、一柳検事と行動を共にしたのは検事審査会からの指示だ。 私は刑事だけど、水鏡裁判官と一柳検事を監視するよう命令されていた。 つまるところ私は審査会のスパイのようなもの。 一柳検事は全く気付かず、私を助手として扱った。 万才氏があんなことになってからも変わらず、それどころか私を「相棒」だと言ってくれた。 私の正体を知った上で。 ―――だから。 「――逃げたぞ!」 彼に追い詰められ、逃走を図った犯人。 追ってきた私達を撒こうと、犯人は手にしたナイフで手近の紐を切った。 場所は工事現場。 犯人が切った紐は、頭上に釣りあげられた建材につながっていた。 支えを失った建材は重力に従って落下する。 その、下には。 「…ッ弓彦さん!」 気付いたら、彼が目を大きく開いてこちらを見ていた。 あんな驚いた顔でどうしたんだろう。 しかも地面に転がっているし。 そこで、ああ、と合点がいった。 私が突き飛ばしたんだ。 上からガラガラと大きな音が聞こえる。 次の瞬間、背中に強い衝撃を受けて地面に倒れ伏した。 「――なまえ!」 彼の声が近くで聞こえたので見上げると、検事がかたわらに膝をついていた。 その頬を透明な液体が流れている。 (なかないで、) 頬をぬぐおうと伸ばした手を、彼がぎゅっと握った。 * * * * * 結論から言うと、幸か不幸か私は一命を取り留めた。 重い鉄材の下敷きになったのに骨を何本か折っただけで済んで、逆に良かったのかもしれない。 それでもさすがに、しばらくは絶対安静で、最近ようやく面会も許してもらえるようになった。 面会が解禁になると色んな人が来てくれた。 水鏡裁判官にその息子さん。 御剣検事に美雲ちゃんに糸鋸刑事、矢張さんや信楽弁護士まで。 その中でも一番先に病室へ飛び込んできたのは、一柳検事だった。 入って来るなり「なまえっ!」と名前を叫ぶし、私が起きているのを見ると駆け寄ってくるし。 挙句の果てに駆け寄る勢いのまま抱きついて、泣き出した。 男の人に抱きしめられたのなんて初めてだったから、そういう意味でドキッとすればいいのに、それよりも治りかけの骨折的な意味でドキリとした。 痛い痛いと訴えてもなかなか放してくれなかった。 騒ぎを聞きつけた看護師さんに怒られてやっと、しゃくりあげながら小さな丸椅子に収まっていた。 それでも手だけはぎゅうっと握ったままだったけど。 途切れ途切れの話を要約すると、 「生きててくれて良かった」 らしい。 本当にお人好しというか…なんというか。 とりあえず、泣きながら笑う彼の顔は、とてもかわいかった。 思わず頭を撫でると、彼はちょっと目を丸くしていた。 「一柳検事は、年上の女性に好かれそうですね」 「?なんでだ」 「さぁ…何故でしょう」 見事なアホ毛を「?」の形にしている彼に、ちょっと笑う。 私も年上の女性に入るけど、今は置いておこう。 「もうしばらく入院する必要があるそうです。ご迷惑をおかけします、検事」 すると彼は指で涙をぬぐいながら、小さな声で呟いた。 「…お前がいないのは嫌だ」 「ワガママ言わないで下さい」 「だから、早く治れ」 そんな無茶なと口にしつつも、私は思い出す。 一柳検事が来る前に担当医から言われたことを。 黙った私を心配したのか、検事は眉根を下げて覗き込んできた。 「なまえ?傷が痛むのか?」 「…なんでもありませんよ。…誰かさんのおかげで、傷は痛みますが」 「なんだと!どこのどいつだ、それは!有罪にしてやる!」 「あはは。今日も平和ですねぇ、一柳検事は」 相変わらずの天然ぶりに思わず笑い声がもれる。 それから、掴まれたままの手を、こちらから握り返した。 予想外だったのか彼は目をぱちぱちさせたけれど、されるがままだった。 …もう少しだけ、このままでもいいかしら。 “その時”は、多分、遠からずやって来るけれど。 今は…まだ。 「一柳検事って、子供体温ですよね」 思ったより温かい手に素直な感想をもらすと、子供じゃない!と抗議された。 それを軽く流しながら、廊下から近付いてくる数人の声を聞いていた。 健やかなるとき ――――――――――― 弓彦の口調が掴めぬぅぅ。 20131015 |