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※逆裁Ifシリーズその2
※『もしも心音が有罪になったら』
※続きではないですが、『Machina』を先に読んだ方が雰囲気つかみやすいかも



「……失礼しまーす…」


彼女は、声をかけながら部屋の中へ入った。チャイムを鳴らしても、ノックしても、携帯に連絡しても応答がないのだ。試しにドアノブを回してみたら、すんなり開いてしまった。人の家へ勝手に入るのは刑事として気が咎めるが、彼のことは心配だし、やむを得ない。室内はしんと静まり返っている。あの事件……UR−1号事件の解決により、犯人として死刑判決を受けていた検事は釈放された。そして現在、面倒見の良い検事局長に宛がわれたとあるマンションの一室に居を構えている。もっとも、本人の状況を鑑みれば、住んでいるというより。


(…ただ『居る』だけ…なのだけれど)


部屋の中は綺麗に片付いてはいるが、そこかしこに薄く埃がたまっている。真冬だというのに暖房もついていないため、空気は冷え切っていた。…部屋の主は、どこだろう。


「…ユガミさん?」


声をかけても、彼女の周囲の空気だけ揺れて、他は何の音もしない。いないのかしら、と思いかけた時、奥の部屋からかすかに物音がした。寝室の方だ。薄暗い室内を移動し、物音が聞こえた部屋の扉をノックする。案の定、返事は返ってこない。


「ユガミさん、いるんですか?」


沈黙が返ってきたので、入りますよ、と断ってから扉を開ける。


寝室は、暗かった。カーテンが引かれているのと、夕暮れ時ということで、部屋の角には黒々とした影が淀んでいる。そんな中、窓辺に置かれたベッドに腰かける背中があった。


「…ユガミさん」


呼んでも、黒い背中はぴくりともしない。電気をつけようとスイッチに手を伸ばしかけ―――やめた。

「…勝手に入ってすみません。…チャイム鳴らしても、携帯に連絡入れても出なかったので」


言いながら、彼女はベッドに歩み寄る。かなり暗いが、ぶつかることはなかった。


「暖房もつけないで…寒いでしょう」


彼の隣に腰かけ、シャツの袖に包まれた腕に触れる。予想通り、氷のように冷たかった。…と、不意に彼がその手を振り払った。


「……触るな」
「そういうわけにもいきませんよ。…このままじゃ、凍えちゃいます」


そう言って、彼女は手を取った。彼は再びそれを振り払おうとするが、今度は彼女も大人しく払われなかった。


「ユガミさん、」
「放せ」
「嫌です」


一層強く手を握る彼女と、振り払おうとする彼と。少しの間、攻防が続いた。基本的な腕力は彼の方が圧倒的に強いのに。


「……っ、…!」


しびれを切らして、突然彼女が、手を思い切り引いた。バランスを崩した彼が彼女の方に倒れ込む。勢いで倒れてきた彼を受け止めて、すかさず首に腕を回す。逃げられないように。


「……、な…っ!」
「…いい加減に、して下さい」


ぎゅ、と回した腕に力を込める。


「…心音さんのことは、とても残念です。でも、もう、自分を責めるのは、やめて下さい」


見てられないの。絞り出すような声で、彼女は言った。すると、いつの間にか大人しくなっていた彼が、くぐもった声を出す。


「…俺は…ココネを、守れなかった」


命を賭けて守ると誓った存在を。


「…守れなかった。…まもれ、なかったんだ」
「………」


守れなかった。そう繰り返す声が、少しずつ濡れていく。柔らかい黒髪に顔を埋めて、彼女は口を開いた。


「……私も、力が及びませんでした。貴方だけの所為ではありません」


そこで、彼女は彼の肩を押して少し体を離した。案の定、血色の悪い頬には涙が伝っている。―――また、痕が濃くなってしまう。


「だから、一緒に背負いましょう」
「……!」


彼女の言葉に、彼がちょっと目を開く。涙に濡れた頬を両手で包んで、彼の目を真っ直ぐ見つめる。


「貴方を独りにはしません。私も一緒に、背負います」
「…なまえ、…?」
「これからは、私が貴方の傍にいます」


―――だから、


「今は、泣いて下さい」


泣きたいだけ、泣いて下さい。そうすれば、体の中に滞った何かも、少しずつ流れ出て行ってくれるかもしれないから。


「―――……」


ぽろ、とまた新たなしずくが彼女の手を濡らす。と、急に彼に抱き寄せられて、一瞬声が詰まった。ぎゅう、と縋りつくように力を込められる。苦しかったが―――心地よかった。広い背中に腕を回し、こちらは控えめに抱きしめる。彼の嗚咽は、それから長いこと、続いていた。




「………」


泣き疲れて眠ってしまった彼の顔を、見つめる。しずくの名残がこぼれてきたので、指で拭った。外はすっかり日が沈み、カーテンの隙間からは月光が差している。青白い光に照らされた横顔は、とても、綺麗だった。


(一緒に背負います、か)


先程自分で言った言葉を心の中で反復する。繰り返してみればみるほど、滑稽な響きだった。


―――背負うべきは、“私”だけだというのに。


全ての元凶は己。命じられてしたこととはいえ、彼から師を、彼の姉から親友を、彼が命を賭して守ろうとした少女からは母を。それから7年後、若い弁護士から親友を、そして―――。
彼から、少女を。奪った。全て、“私”のせい。加えて、“私”という存在も、“彼女”から―――取り上げた。欺いて、騙して―――。今も、偽り続けている。


「………」


彼女は、再び眠る彼へ目を戻した。整った顔に残る涙痕は、やはり深い。彼はこれから、どうなるのだろうか。“私”の言葉を信じ、共に前を向いて歩んでいくのか。それとも、水底に沈むように、ずぶずぶと深く落ちていくのか。どちらにしろ、見届けるつもりだった。彼の隣で。彼の傍で。―――彼と、いっしょに。


「ユガミさん」


彼女はベッドの脇に膝をつき、彼の手に自分のそれを重ねた。相変わらず、冷たい。


「私が、ずっと…傍に、いますからね」


小さく空気を震わせた声が果たして彼の耳に届いたのか、知る術はなかった。




Moon Crying
(こころをもたない、機械のはなし)



――――――――
く、暗い…。『Machina』の夢主で逆裁Ifシリーズ第2弾です。今回は、ユガミ検事は無罪になったものの、心音が有罪になってしまったとしたら…?なお話でした。心音が有罪にでもなった日には、ユガミさん壊れちゃいそうだなぁと思って、そこに夢主に付け入って(?)もらいました。
関わってるうちに気に入っちゃって、ユガミさんを独り占めしたくて一番邪魔になる心音に罪を着せた…って、ありがちですけど好きです。ギリッとしてるユガミさんもいいけど、壊れて泣き崩れるユガミさんもいいですね、みたいな。嘘が真になるまで、彼女は嘘を吐き続けるんだと思います。ユガミさんが彼女の正体に、途中で気付いても気付かなくても逃げ場なしの、とんだ四面楚歌状態になってればいいと思う(ヤンデレっぽい子は好きです)。
逆裁熱が再燃してる、今日この頃。それでは、読んで下さってありがとうございました!



20130924




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