※「雨に唄えば」続き 夢主攻め、受けオネェ 雨は嫌いだ。 濡れるとすぐ風邪を引くし、服を乾かすのも面倒だ。 濡れるのが嫌なら傘を差せばいいのだが、傘はもっと嫌いだから仕様がない。 世界が、狭くなるような気がするから。 頭を撫でられる感触に目を開けると、彼女が間近で頬杖をついていた。 あたしと目が合うと、すごく爽やかに笑った。 「おはよう」 「…早いわね」 何となく手を伸ばし、彼女の服の襟をちょっと引っ張ってやった。 襟元が少し肌蹴たけど、彼女はにこにこと笑うだけで特にリアクションはしない。 もうちょっとこう、恥ずかしがるとか怒るとか、何かしら反応が欲しいんだけど…。 「ていうか、もう着替えてるの?いったい何時に起きたのよ」 「2時間くらい前かな」 テーブルの時計を見ると午前7時。 「…今日、仕事だっけ?」 「休みだね」 いやまぁ、知ってるのよ? 休みだって分かってたから、泊まったわけだし。 「…休みの日くらいゆっくり寝たらどうなの?」 「そうしたいけどね。目が覚めてしまうものはしょうがないよ」 あくまで余裕な感じに笑う彼女は、なまえ。 世間では「ミハエル・ロックハート」と言った方が通じやすいけど。 こっちは仕事で使っている名前で、彼女はその筋ではかなり有名な美術商だ。 実家は代々続く美術商一家で、間違いなくお嬢様だし、加えて美人。 そんな次元の違う人だけど、あたしと彼女はこうやって家に泊まるような仲だった。 事の発端は、半年くらい前、買い物帰りに雨に降られた時。 小さな美術館で雨宿りをしていたら、突然話しかけてきたのが、彼女。 近年まれに聞くような気障な台詞と、傘を残して彼女は去っていった。 その後、彼女の画廊に直接傘を返しに行ってから(知れている名前のおかげで探すのに苦労はしなかったけど)、何かと食事やお茶に誘われて、今に至る。 付き合うまでに何か劇的な展開があったわけじゃない。 一緒に過ごすうち、笑っちゃうくらいすんなりと彼女のことが好きになって、それから絶妙なタイミングで彼女から告白された。 …何だか、全部仕組まれてたような気さえする。 「…ギャリー?」 不意に、彼女がこっちを覗き込んできた。 その手にはマグカップ。 色が違うので、あたしの分だ。 いつの間に淹れたの、と聞けば、「そろそろ君が起きる頃だと思って」なんて言うんだろうな。 「…なまえ、あんたって読心術でも使えるの?」 「急にどうしたの」 「だって―――」 「君の思っていることが分かるから?」 「……分かってるなら聞かないでよ」 憮然として言うと、彼女は小首を傾げて微笑んだ。 あ、この笑い方。 「ごめん。ほら、君の分もコーヒー淹れたから機嫌直して?」 なまえは声を甘くして、ブラックのコーヒーが入ったマグカップを差し出してくる。 こんな風にすれば大抵の場合、あたしが折れることを彼女はよく承知してるんだろう。 分かっていても機嫌が直ってしまうのは、やっぱり惚れた弱みなのかしら。 「…ついつい、からかいたくなるんだよ」 「何それ」 「素直で可愛いってことだね」 また、さらっとそんなことを。 顔を見てもにこにこと微笑んでいるだけで、何だか悔しい。 「…そういえばなまえ、今日は予定あるの?」 「どうして?」 「いや、どうしてって…」 多忙な彼女がわざわざ休みを取ったのだから、何かする予定だったんじゃないか。 どこかに行くとか、買い物するとか。 そう尋ねると、彼女はじぃっとあたしの顔を見つめた。 「…恋人と一緒にいる、というのは、休日の使い方に入らないかな?」 「え」 「たまにはね、時間を気にせず君といたいわけだよ」 いつもは何だかんだで時間に追われているから。 苦笑のような顔で、彼女は言った。 「………」 あたしのことを「好きだ」と言う以外に、彼女が自分の気持ちらしいことを口にするのは、とても珍しいことだったからちょっと面食らった。 それと同時に、何だかおかしくなって吹き出してしまった。 「有名美術商さんも大変ねぇ」 「自分で選んだことだから仕方ないんだけどね」 あはは、と彼女が笑う。 そしてさり気なくあたしの手からカップを取って、テーブルに自分のと並べて置いた。 どうしたの、と聞く前に、彼女が口を開いた。 「君の言う通りだよ、ギャリー」 「…?」 「休日くらい、ゆっくりと寝ることにする」 その言葉が終わるか終らないか、いきなり肩を押されてベッドに倒れ込む。 目を瞬く間に、更に彼女が上に乗ってきた。 「ちょっ…!?」 慌てて起き上がろうと、彼女の肩を押す。 しかしびくともしない。 見上げた先の顔は、相変わらず微笑んでいる。 違うのは、いつにも増して楽しそうなこと。 「君も一緒に寝ようよ」 「そ、それならこの体勢じゃなくてもいいじゃない…!」 「それは、裏を返せばこの体勢でもいいってことだよね?」 「ずいぶん都合良く解釈したわね!?」 必死のツッコミにも軽く声を立てて笑うだけで、彼女はあたしの両手首を掴んでベッドに押し付け、更に膝で抑え付けた。 痛くはないけど、あんまりにも自然な動きに眉をひそめる。 …いつも思うけど、なんか手馴れてない? そんなことを考えていたら、彼女がシャツのボタンを外し始めたので慌てて思考を中断する。 「ちょ、なまえ!待っ…!」 「待たない」 妙にきっぱりと、短く言われた。 「こ、コーヒー!コーヒー冷めちゃうわ!」 「電子レンジという文明の利器があるじゃないか」 「…っ…ま、まだ朝よ!?いくらなんでも早―――」 その時、唇に指を当てられた。 柔らかくて少し冷たい感触に言葉が引っ込む。 黙ったあたしを満足そうに見下ろして、綺麗な顔が微笑む。 ……やっぱりSだわ、この人。 「いい子だね」 するり、と袖から腕を抜いた彼女の声がすごく甘い。 あたしを丸め込みにかかってる、というのは分かる。 それでも、為す術なく丸め込まれるんだから、大概よね。 「君は本当に可愛いな」 「…っ、うるさいわね、」 耳を軽く噛まれながらも何とか抵抗するけれど、彼女を煽る結果にしかならない。 ええ、分かってるわよ、そんなこと。 「好きだよ、ギャリー」 呼吸の合間に耳元で言われて、ついに観念することにした。 |