※下積み時代の鬼灯様。夢主が既婚者です。





「鬼灯君って髪きれいだね」


彼の肩に顎を乗せた状態で長い髪を梳く。鬼にしては珍しい直毛が指に心地良い。わずかに灯った明りに艶々と反射する様子をぼうっと眺めていたら、不意に背中へ爪を立てられた。


「痛っ」
「痛くしてるんですよ」


彼はしれっとそんなことを言った。


「あーもう、痕残っちゃうよ」


少し体を離し、背中に手をやっている彼女。


「…やはりまずいですか」


痕跡が残るのは。


「……」


ぴたりと動きを止めて、彼女はじっと彼を見つめた。視線を感じるというだけで顔は影になって見えない。それがどうしようもなく不安で、彼は目の前の体をしがみつくように抱いた。ほんのり汗ばんだ胸元に噛みついてやりたくなったけれどぐっと堪える。代わりに軽く唇を押し当てれば、くすぐったそうな笑い声が聞こえた。


「意外と甘える方だよね、きみ」
「嫌ですか?」
「んーん、全然。むしろ好き」


そう言って頭を抱き寄せてくるものだから、ますます離しがたくなってしまう。そういうわけにはいかないのに。


「かわいいねぇ、鬼灯君は」
「…嬉しくありませんよ」


ゆるゆると髪を撫でる手に先程の不安感は少しずつ凪いでゆく。…ただ波風が立っていないというだけで、絶えずそこに存在し続けているのだけれど。

この言い様のない感情が現れたのはいつだろう。獄卒になって数年、彼女の下に配属された時だろうか。いや、その頃はただその顔を見られるだけ、言葉を交わせるだけで満たされていた気がする。わざわざ直接提出しなくても事足りる書類を、あえて彼女の執務室まで持って行く。もちろん仕事なんて口実だ。彼女は優しい上司だったから、やって来た部下に労いの言葉と業務に差支えない程度の雑談を振ってくれることはよく分かっていた。胸の内にゆらゆらと凝るこの気持ちに気付いたのは、そう、彼女が既に人の妻であることが分かってからだ。

そして、もうのっぴきならない関係になった後のこと。


「私が死んだら地獄逝きね」


初めて一夜を明かした時、彼女は冗談っぽくそんなことを言った。今から思えば、あれはほとんど本気で言っていたと思う。


「…私も同罪ですよ」
「じゃあ、お互いに呵責し合おうか」


それでもいい。常に誰かの目を気にしなければならない逢瀬ではなく、堂々とお互いを見つめることができて、触れ合うことができるのならば。それが罪人への拷問という方法でも構わない。…詩人のつもりはないのだけれど。彼は表に出さずに自嘲した。


「…鬼灯君?」


少しぼうっとしていたのだろう。彼女が顔を覗き込んできた。


「どうかした?」
「…いえ」


一旦収まったはずなのに再び騒ぎ始めた心を落ち着けるべく、今度は彼女の体を離して着物を引き寄せた。冷えた布の感触にすぐまた温かい肌が恋しくなる。でもこれ以上引き留めると単なる残業では説明できなくなってしまう。意図的に背を向けて身支度を始める彼を、彼女はどんな顔で見ているのか。怖くてふり返ることなんてできなかった。


「…次は、いつお会いできますか」


仕事ではほぼ毎日顔を合わせている。ふたりきりになれる時間が取れるかどうかの話だ。彼女は少し間を空けて口を開いた。


「しばらくはあの人も出張とかないし…私もちょっと厄介な仕事片付けなきゃならないから…」


いつになるか分からない。そう告げられた瞬間、腹の奥に重い石を抱えさせられたような気分になった。…あとどれだけ、こんな気分を味わわなくてはならないのか。この関係は、あとどのくらい?と、帯に伸ばした彼の手に華奢な指が触れた。


「…なまえさん?」
「……」


どうしたのだろう。それでも彼女の顔を見られずにいると、不意に顎を取られた。半ば強制的に後ろを向かされ、唇にやわらかなそれが。


「…ごめんね」


軽く食んで離れたそこは、そんな言葉を形作った。


「意気地がなくて」
「知ってます」
「うう……そんなにはっきり言わなくても、」
「事実でしょう。…しかし、」


私はそんな貴女に惚れたんです。


「……、…」
「ですから、ちゃんと私のものになる準備をしといて下さいね」
「…もう、」


ちょっと弱気になったのかと思ったらすぐこれだ。実は、彼女は心の中でそう呟いていたが、当然彼には聞こえない。代わりに彼の手から帯を抜き取り、正面を向かせて抱きついた。ぴくりと彼の肩が揺れる。


「…痕、つけていいよ」


頬に指を滑らせて彼女が言った。彼はこれまで、万一夫に見つかったらまずいだろうと控えていたのに。そんな彼の言葉に彼女は自嘲気味に微笑む。


「あの人は私の体になんか興味ないもの。裾だけめくれば事足りるのよ」


渇いた声が胸に刺さる。己に相応の地位や能力があれば、彼女にこんな笑い方をさせずに済むのだろうか。


「…では遠慮なく」


背中に腕を回し鎖骨の下に唇を寄せた。小さく声が洩れて、白い肌に赤く花が咲いたような痕跡が残る。―――きれいだった。


「すき、よ」


襟元から入った手にしがみつくがごとく抱きしめられながら。彼女の伸びた爪の感触に目を閉じた。







ツイッターで呟いてた不倫ネタでした。若い頃の鬼灯様は色々やらかしてそう。花街とかも普通に行ってそうだなぁ。そんな鬼灯様の鬼灯が鬼灯になる過程のひとコマ…なんちゃって。では、読んで下さってありがとうございました。

20141117



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