※鬼灯さんが結婚してて娘がいます。





「みなさん、もうすぐ夏休みですね。夏休みには宿題がつきもの!ということで、みなさんひとりひとりに観察日記をつけてもらいます」


教師の言うことを背筋を伸ばして聞きながら、少女は考えた。
学校に入って最初の夏休みの課題は、身近な生き物の観察日記。
毎日観察できれば対象の種類は問わないらしい。


「……」


毎日見ることができて、かつ興味をひかれるもの。
クラスメート達があーだこーだ話し合っている中、少女はひとり、渡された日記帳の表紙に何やら書き込み始めた。




***
「……」
「……」


じぃぃと見つめれば、じぃぃと見つめ返される。
歩き出せばちょこちょことついてくる。
隠れる気があるのかないのか物陰から顔だけ覗かせている己の娘に、鬼灯は小さくため息を吐いた。


「…なぜ付いてくるんです」
「わたしは蝉です」
「はい?」
「決しておとうさまを尾行しているわけじゃありません。わたしは蝉ですから、好きなところを飛んで好きなところへ止まるんです」


真面目な顔でそんなことを言う。
朝、いつものように出勤のため家を出ると、今日から夏休みのはずの娘がなぜかついてきた。
この子の母親、つまり鬼灯の妻だが、彼女はいつも通りに送り出していたから、一応母の了解は受けているのだろう。
大きめのリュックを背負い、手にはペンとメモ用紙という、こちらとしては言いたいことがありすぎる出で立ちの娘。
わけを聞こうにも「みーんみーん」と真顔で鳴き真似までし出したので、鬼灯はもう好きにさせることにした。
幸い、今日はそれほど厄介な仕事もない。
母親の勤め先でもあるので閻魔庁には何度も連れて行っているが、間近でじっくり仕事を見学するのもいい経験になるだろう。
そう思い直し、父はまた歩き出した。






***
「……」
「……」


じぃぃぃ、と視線を感じる。
それもけっこうな近さで。


「…蝉のふりはどうしたんです」
「"ふり"じゃありません。蝉です。みんみん」


娘は鬼灯の膝に正座して言った。
現在位置、第一補佐官の執務室。
なるべく静かにしていて頂けるとありがたいです蝉さん、なんて頼む父に自称蝉は律儀にうなずき、一言も発することなく彼が仕事を片付ける様子を見つめていた。
しかしそのうちに飽きたのか、部屋の隅から近づいてきて父親の膝によじ登り、きっちりと正座して今に至る。
鬼灯の手元と顔を交互に見ては、メモ用紙に何やら書き込んでいる。
そっと覗き込むと、子供らしい字で『○○時しゅっきん、大王さまをひとなぐり→ぎょうむかいしの合図?』に続き、『……きょうのおしごと、しょるいせいり。』とある。
鬼灯の行動を逐一メモしているようだが、書類整理以外に書くことが見つからなかったらしく、蝉のイラストが落書きされていたり(「みーん」と鳴き声つき)、そのすぐ横に『われながら、じゃっかん、あほらしい』と書かれていて、柄にもなく吹き出すかと思った。
思っただけで表情は一切変化しないけれど。

父親がメモを見ていることに気付いたらしく、娘はさっと手を背中に回した。


「せくしゅるはらすめん、ですよ」
「惜しいところまで来ていますが、セクハラじゃありません」


言いたいことはわかるが、ちょっと惜しくてもやっとする。
しかし、覚えたてのむずかしい言葉を口にして満足そうな娘は非常にかわいい。
頬をぐりぐりしたくなったが今は業務中である。
休憩時間まで我慢しよう、と書類に目を戻す。
と、娘の背中側から紙が一枚、ひらひらと落ちた。
メモ帳から外れたようだが、彼女は気づいていない様子。
曰く、

『夏休みのしゅくだい:おとうさまかんさつ日記』

…そういうことか。
学校の課題で身近な生き物の観察日記を書くということ自体は聞いていた。
が、その対象がまさか自分とは。
というか己はもう死んでいるがいいのだろうか。
鬼としてなら生きているといえるから、まぁいいのか。

それにしても、大抵は飼っている金魚だとか花だとかを観察するだろうに。
まったくこの子は、将来有望だ。
父親はそんな風に内心ほくほくしつつ、夏休み中に一度刑場を見学させようか、と計画を立て始めた。



―――――――――――
母の日なのにお父さんとのお話でした。
鬼灯さんは娘に甘いパパだったら個人的においしいです(^q^)
では、読んでくださってありがとうございました。

20140510


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