ベルゼブブとレディ・リリス。
EU地獄のNo.2とその奥方だ。
サタン王来日の付き添いとしてやってきた彼らは、現在別行動を取っている。
ベルゼブブは鬼灯と遭遇しスポーツ対決(割と一方的だが)の真っ最中で、リリスの方はといえば。


「へぇ、あなた、鬼灯様の奥様なの?」
「…籍は入れましたから、そうなのでしょうね」


素っ気ない返事にリリスは口角を上げた。
先導して歩く背中は華奢だったが、頼りない印象を与えることはない。
むしろぴんと細く張った弦のようだ。
何も考えずに触れたりすれば、細切れにされてしまいそうな。
しかし、日々全力であらゆる快楽を極めているリリスの目には、とても楽しいものに映った。
それはもう、鬼灯…彼女の夫と同じくらいに、興味深いもの。


「ごめんなさいね、さっきあなたのご主人借りちゃったわ。知らなかったのよ」
「知っていても夫をお選びになったのでしょうし、そもそも仕事ですから。リリス様が悪く思う必要はありません」


さくさく。
彼女の言葉はそんな擬音をつけたくなるほど切れがいい。


「…先ほど獄卒に確認いたしましたが、ベルゼブブ様は補佐官と遊技場へ向かったそうです。ベルゼブブ様が何かスポーツをなさりたいと仰ったようで」
「いいわねぇ。あたしも体動かしたいわぁ」
「ジムもございますのでご案内します」


リリスと一緒に何かスポーツをしようというつもりはないようだ。
客人を案内している途中だからなのか、単に元々堅物なのかそれとも……


「着きました」


彼女の声にリリスは思考を中断する。
件の遊技場とやらは、まだ扉を開けていないにも関わらず中から喧しい声が聞こえてくる。


「俺はリリスに愛されている!」


続く勝ち誇ったような高笑い。


「…元気な羽音ですね」
「そうねぇ」


さらりと夫を蠅呼ばわり(本当に蠅なのだが)されても全く意に介さず、リリスはにこにこ笑っている。
獄卒に聞いたとおり、ベルゼブブはここにいるようだ。
とすれば、彼を案内した鬼灯も―――


「情緒不安定ですね…漢方薬局紹介します?……それと一応言っときますが、私にも妻がいますよ」


瞬間、高笑いが止んだ。
蠅叩きの餌食になったのだろうか。
室内の蠅は「な、な…なん…」と頼りない羽音をさせ……と思ったら勢いよく扉が開いた。


「お、お、お前なんか大ッッ嫌いだ!!うおおおおリリスゥゥゥゥ!!」
「ここよ、あなた」
「!!リリス!?」


のんびりした応えにベルゼブブはびくっと肩を跳ねさせた。


「こ、こんなところで何やってるんだ!?」
「もうすぐサタン様の講演が終わるのに、あなたったらどこにもいないんだもの。それで、彼女に案内してもらって探してたのよ」


彼女、のところでリリスは隣の女性を示した。
ベルゼブブは己の愛妻から視線をずらし、そちらを見る。
女性は美しい所作で会釈し、口を開いた。


「お初にお目にかかります、ベルゼブブ様。わたくしはーー」
「おや、お前も来ていたのですか」


女性の挨拶を遮って、ベルゼブブの後ろから誰かが顔を覗かせた。
「また会ったわね鬼灯様♪」とリリスが喜んでいる。


「…挨拶の途中ですよ」
「お前のことは私から紹介します。ベルゼブブさん、これが先程お話しした家内です」


有無を言わせない調子で鬼灯は続けた。
半ば強引に紹介された"妻"は夫をちらりと見上げてから、もう一度頭を下げた。


「改めまして、鬼灯の妻でございます。主人がお世話になっております」
「どっちかというとお世話してるのは私ですけどね」
「失礼ですよ。…あなた」


日本地獄No.2の細君は、頭ひとつ背の高い彼を睨め上げた。
対するベルゼブブはというと、細君の発した「あなた」という辺りからわなわなと体の震えを強くし、そして。
悪魔の片眼鏡が、パリーンと音を立てた。


「何なんだ!何なんだお前はあああ!勝てるとこなんてひとっつもねぇじゃねーか!うわあああああリリスウウウウウ!!」


そう叫び、廊下の向こうへ走り去っていってしまった。
その背を眼鏡の破片が追うように散らばっていく。


「あらあら。あたしはここにいるのに、おバカさんねぇ」


リリスは泣きながら走り去った夫の様子に朗らかな笑い声をあげた。
それから補佐官とその妻を振り返る。


「あのひとと遊んで下さってありがとう、鬼灯様。…それから、奥様?」


そう言ってリリスは彼女の腕を掴み、ごく軽く引いた。
何故か振りほどくことができない、不思議な力である。
西洋の女悪魔は、鬼の細君の耳元へくちびるを寄せた。


「…かわいい旦那様ね」
「……」
「ま、あたしのダーリンには負けるけど」


そんなことを嘯き、リリスは手を放した。
くるりと優雅に踵を返す。


「じゃ、おふたりとも。今日は楽しかったわ。また来るわね」


最後にとろけるような微笑みを残し、黒い淑女は去っていった。


「……」
「……」


後に残った夫婦は、しばしそのまま沈黙する。
先に破ったのは妻の方だった。


「…眼鏡と一緒にプライドも砕け散ったようですね。流石は私の旦那様」
「私は何もしてませんよ」
「そうでしょうよ。…というか、さっきのあれは何ですか」
「あれ?」


鬼灯はあまり背の高くない妻を見下ろした。
いつも通りの無表情で、視線は向かいの壁の張り紙に注がれている。


「"お前"に"これ"だなんて。普段私を紹介する時、そんな風に言うことなんてないでしょう」
「…そっちこそ、"あなた"なんて初めて聞きましたよ」


今度は妻の方が視線を上向けたが、タイミングよく夫はそっぽを向いた。
視線の先には妻が見つめていたのと同じ張り紙があった。


「…私は、リリス様の真似を、しただけです」
「ほぉ。あの淑女の真似ねぇ…じゃあ私のこと誘惑してみます?」
「仕事終わったら考えます。…で、鬼灯さんの方の理由は?」


お互い無表情の淡々とした会話が、一瞬途切れる。
妻は応えを急がなかった。
ややあって、ぼそりと声が降ってくる。


「…その方が、私のもの、って感じがするでしょう」
「……はい?」
「嫁に愛されてるのはあの方だけじゃないんですよ」


妻は、じぃっと夫の顔を見つめた。
変化はない。
…しかし、視線は更に違う方向へーー彼女とは反対側にーー向いた。


「……」


彼女の頭の中で、麗しき淑女が囁く。


(かわいい旦那様ね?)


「……そう、ですね」
「?…何か言いました?」
「いいえ。そろそろ仕事に戻りましょうか……だーりん」


最後の言葉はぼそっと、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさだった。
それでもすぐ隣にいた彼にはちゃんと届いていた。
目をほんのり円形に近づけ、口を若干間抜けに開き、妻の顔を覗き込もうと身をかがめてくる。
しかし妻はひらりと身を翻し、「先に行きます」と一言置いて、やや早歩きで立ち去ってしまった。

後には、珍しくも少しぼんやりとした顔で耳朶を強く引っ張る男だけが残された。


「…いたい」


低い呟きに応えるものは誰もいない。





*****



「生憎ですが、」


誰もいない広い廊下を進みながら、彼女は呟く。


「やはりうちのひとが一番ですよーーーリリス様」


こちらもまた、応えは、なかった。






ツイッターにてフォロワーさんとお話ししていたら、

リリスさんのキャラいいね

鬼灯になんとか勝とうとするベルゼブブさんもいい

「俺はリリスに愛されてるゥ!」の時鬼灯が既婚だって知らされパリーンするベルゼブブさん見たい

そんなベルゼブブさんを冷ややかに見送る補佐官夫妻もおいしい

ナニソレSAIKOU!(*゚▽゚*)

と、大体そのようなことになり、書かせていただきました。
似たもの同士夫婦良い…美味でござりました…( ^p^ )
では、読んでくださってありがとうございました!

20150503



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