※記憶障害、死ネタ含みます




【春 晴れ】
鬼灯くんと会った。明日は出発の日だから、今日は一日中一緒にいてくれるみたい。中国で裁判制度を勉強するそう。中国は行ったことないけど、きっと遠い。たぶんすぐには帰って来られないと彼も言ってた。考えたら涙が出てくるから、考えないようにした。

鬼灯くんが簪を買ってくれた。菊の花の形の、きれいな飾りがついた簪。店のご主人が言ってたけど、菊の花はとても香りが高く、真っ暗で何も見えない場所でもその香りで場所が分かるそうだ。彼が帰って来るまでこれをつけていよう。わたしがどこにいても、彼が探しやすいように。




【春 出発の日 くもり】
結局朝まで一緒にすごしてしまったから、急いで彼の準備を手伝った。あの簪もちゃんとつけていった。

鬼灯くんはわたしの笑った顔が面白くて好きらしい(面白いって何事)から、笑顔で送り出してあげたい。そう思って見送りしようとしたのに、うまくいかなかった。何だか変な顔だと言われた。ひどい。頬をつねられた。痛かった。でも鬼灯くんの手が、ちょっと震えてた。いろいろ、言いたいことはあったけど、たくさん喋ると泣いてしまうので、待ってる、とだけ言った。ばかですねって言われた。当たり前でしょう、って。

背中が見えなくなるまでずっと手を振ってたら、腕が筋肉痛になった。




【秋 あめ】
一日中、体調が悪かった。最近ずっとこんな感じだ。とても、ねむい。でも、簪の手入れだけは欠かしちゃいけない。

鬼灯くんはまだ帰って来ない。




【春 濃霧】
今日、鬼灯くんから手紙がきた。あたまが重くてすごくねむかったけど、目が覚めた。

紙からとてもいい香りがした。桃の花の香りだそうだ。今、桃の木がたくさん植わっているところにいると書いてあった。勉強の方は順調で、少し前、やたらと知識が豊富な男の人にあって、色々教えてもらったみたい。お酒も食べ物もおいしいとも書いてあった。中国、行ってみたいな。

それから、最後に次の春に帰ってくると書いてあった。うれしい。お土産をたくさん持ってくるって。うれしくてうれしくて、ちょっと泣いた。それまでに、体の調子を良くしておかなければ。

いつもより念入りに簪の手入れをした。




【夏 雨】
なんだか、このごろどんどん体の調子がおかしくなってきている。寝れば少しはすっきりするんだけど、いつも何となく頭がぼんやりした感じ。あの人がもうすぐ帰って来る。速く元気になって、笑顔で、お出迎えしなきゃ。かんざしの手入れをしていると、おちつく。あの人にもらった、宝物。とてもきれいな飾りだけど、何の花か分からないので、あの人が帰って来たら訊こう。




【冬 雪】
今日はお香ちゃんが遊びにきてくれた。最近お仕事が忙しかったらしい。わたしも早く体を治して働きたい。ずっと家の中にいるのはいやだ。あの人を出迎える時、不健康でしょぼくれた顔はいけない。…でもあの人はいつ帰ってくるのだろう。お香ちゃんに訊いてみたら、すごくびっくりされた。来年の春に帰ると書かれた手紙をもらったと、わたしから聞いたって、言われた。お香ちゃんが帰ってから、文箱をひっくり返して探すと、かすかに花の香りがする手紙を見つけた。今年の春にきたものだ。そこに、確かにお香ちゃんが言った通りのことが書いてあった。

雪が解けたらあの人に会える。うれしかった。でも、こんな大事なこと、どうして忘れていたんだろう。胸がざわざわしたけれど、机の上に置いてあったかんざしを触ると、おちついた。花のかざりがついてて、とってもきれいだ。お香ちゃんが忘れていったのかな。




【早春 雨】
どうしよう わすれてた あのひとにもらった かんざし、
誰にもらったのか、わからなかった わすれてた 近所の子に誰にもらったのか聞かれて、思い出すのにとても時間がかかった
どうして 忘れてたの たからもの、なのに

わたしは おかしくなってしまったのかも




【    】
ねむるのが こわい
朝がくるのが こわい
ねむって、あさがきたら、また何かたいせつなことを わすれてる
ねむるたび わたしがわたしじゃなくなっていく

はやく あのひとに あいたい




【春 晴れ】
あの人に会った。なんだかすごく久しぶりな気がして、思い切り抱きついたら、抱きしめ返してくれた。少し背が高くなったように見えた。
お気に入りの花の簪をさしていたら、似合ってるとほめてくれた。どこで買ったか思い出せないけど、きれいな形だし触っていると心がおちつく。そう言ったら、何故か、一瞬泣きそうな顔をされた。どうしたのだろう。どこか痛いのだろうか。訊いても大丈夫としか言わなかった。




【   くもり】
今日、彼がお医者さんと何か話してた。わたしは、お香ちゃんととなりの部屋にいた。よく聞こえなかったけど、「記憶」とか「遺伝」とか言ってた。たまにわたしの名前も聞こえたから、わたしのことを話していたんだろう。最近ずっと体調が良くないから、彼が心配してくれたのかも。心配かけてごめんね。

お香ちゃんが簪をほめてくれた。うれしかった。




【   雪】
今日は雪がたくさん降ってた。でも、彼が一日中一緒にいてくれたから寒くなかった。今日はお仕事が休みだったらしい。彼の職場はいつも暑くて火が燃えていて、話を聞いているとこことは大違いだった。

ここ、とはどこだろう。




【   雨】
最近、ずっとひとりだ。でも今日はたくさんお客さまが来た。茶髪の人と、三本角の人と、青い髪の女の人と、黒い着物のきれいな人。黒い着物の人は目つきが少し怖かったけど、わたしのかんざしをほめてくれた。声も優しい。きっと、中身は良い人なんだろう。

彼らと話している間、とても楽しくて、しあわせだった。

また、会いたい。



 ・
 ・
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【○がつ×にち  はれ】
きょう、いいことがあった。

おきゃくさまがきた。

黒いきもののおとこのひとで、背中に、ホオズキの絵がかかれていて、髪が少し、みじかかった。

からだがおもくて ふとんからでられなかった おもてなしできなくて、もうしわけない

男のひとは、ほおずきさんと いうらしい

話していると、気分が良くなった。いつまでも話していたかった。




【    】
きょうがいつか、わからない あたたかいから きっと春だ
春はすき あのひとが帰ってくる から

黒いきもののおきゃくさまがきた やさしい人だ だれかによくにてる

かんざしをほめてくれた うれしい

きく のはなだって、おしえてくれた

とてもいい香りだから、どこにいてもみつけられる らしい

おきゃくさまは、明日も来てくれると言っていた

はやく明日にならないかな






* * * * *






「……」


その日で日記は終わっている。理由を、彼は知っていた。日記の最後のページの翌日、彼女は息を引き取った。彼女の家系には代々、記憶障害と体の衰弱を主症状とする不治の病が憑りついている。彼女もまた、親からの遺伝でその病を持って生まれた。

少しずつ新しいことが覚えられなくなり、元々あった記憶もぽろぽろとこぼれていく。それと同時に体も衰弱していき、最終的にはほとんどの記憶を失って呼吸も心臓を動かすこともできなくなり、静かに死ぬ。そういう、病。

彼女の葬儀の後家族から、中国にいた頃送り続けた手紙の箱と、例の日記を手渡された。発症したのは、彼が中国へ旅立ってから少し後のことだった。日記を読むと、発症してからの彼女の変化をこまかに追うことができた。

彼はそれを自室に持って帰ってひとりだけで読んだ。誰かに見せられる顔をしているとはとても思えないから。


彼女が彼を忘れたのはいつだったか。

最期に会った彼女は、痩せ細った指であの簪を握っていた。鬼が死んだら魂はどこへ行くのか分からないが、どこかで、彼女の魂はそれをくれたひとを待ち続けるのだろうか。


「…迎えに行きます」


その香りを頼りに。







お久しぶりでございます。しばらく書いていなかったのでリハビリに…。何だかまとまらなくなってしまいましたが(´д`;)
では、読んで下さってありがとうございました。

20150403


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