7万打ありがとね | ナノ

※『Mr.&Ms.ハシビロコウ』の分身コンビがずっと喋ってます。






商店街がなんとなく、こってりした甘い匂いに包まれるある日、彼らはとあるバーで隣合わせに座っていた。

美貌の、しかもかなり知名度の高い男女がふたりきりでいるという状況だが、周囲の客たちはまるで気付いていない様子でそれぞれに杯を酌み交わしている。



「黒さん、そろそろバレンタインデーだね」
「そうだな。年が変わってもうひと月余りか、早いものだ」
「僕は当日が楽しみでしょうがないよ」
「チョコをもらうあてがあるのか?」
「僕がというより、兄様が持ってくる大量のブツを処理するイベントが待ってるよ。黒さんもたくさんもらうでしょ」
「どうだろうな。毎年バレンタインデーの前後は影に戻ってろと兄上が言うから」
「うわぁ、白さん大人げないなぁもう」



ころころ笑って呟き、一本角の女性はグラスを傾けた。

淡い緑色をした、デザートのような甘さのこのカクテルは彼女のお気に入りである。

ちなみに彼女の兄(便宜上だが) は甘いものに抵抗がないが、あまりにベタベタした甘さは好かない。

対して彼女は舌が痺れるほどの暴力的な甘みが大好物だった。

彼女が、隣に座る黒衣の男性と会うのにこの店を選んだのは、甘口のカクテルが美味いという理由からだ。

爽やかなミント味(人によっては歯磨き粉と形容するが)の中に存在するチョコレートの風味を楽しみつつ、女性はふぅと息を吐いた。



「僕も白さんとバレンタインデートしたい」
「兄上は、例のごとくバレンタインデー前後の予定は埋まっているらしいぞ」
「知ってるよ。前日は○○ちゃん、当日午前は××ちゃん、午後は△△ちゃん、翌日は悪女の会のお歴々と一緒にでしょ。よくもまぁ女の子ばっかり、あのスケコマシが。好き」



結局は好きらしい。

ややこしいことだな、と黒衣の男性は烏龍茶が入ったグラスを置いた。

男性自身、彼の兄が当日どう過ごすかについて文句を言うつもりはない。

しかし、



「午前と午後でそれぞれ違う女性に会う時点で、展開が見えるようだ」



きっと血で血を洗う修羅場が――



「血流すのは多分白さんだけどね」
「と、私だな」
「うん…難儀だよねぇ、影は」



神獣白澤と鬼神鬼灯、それぞれの影から作られたいわば分身である彼らには、作り主の身体的変化がそのまま反映されるのだ。

例えば、きたる恋人たちの一大イベントで白澤が女性ふたりに挟まれ同時に鉄拳制裁を受けた場合、その影であるところの彼の頬にも拳の痕と痛みが出現するわけだ。



「家にいる時なら良いが、診療中などは困るんだ。患者が驚く」
「逆に心配されちゃうよね」



過去、足をくじいた患者に渡した氷嚢を、戸惑いながら逆に差し出されたこともあるとかなんとか。

そんな影あるあるの話をしていたら、突然、



「ぐっ、」



彼が呻いてのけ反り、椅子から転げ落ちた。

唐突な出来事にさすがに周囲の客が驚き、口々に案じる声をかけてくる。



「あぁ、大丈夫だよ。ちょっとどこかで白さんが殴られただけだから。マスター、氷お願いします」



彼女が苦笑しながら助け起こすと、彼は顎を抑えながら椅子に座りなおした。



「…素晴らしいアッパーだった…相手はおそらく鬼神の女性だな…」
「顎やられてすぐ動ける辺り黒さんもなかなかだよね」



店主が持ってきた氷袋を渡しながらころころと笑う。

すると今度は、



「……っ?」



何の前触れもなく、彼女の髪が短くなった。

まるで見えない鋏で断ち切られるように、中世的な髪型がどんどん小ざっぱりとしていく。

先程よりもよほどホラーな光景に店の客一同目を見開いた。



「あ、あ…!」



当事者の彼女はこれまでの余裕をどこかへ放り投げてしまったらしく、意に反して整えられていく頭を抱えて肩を震わせ始めた。



「ま…また…!」
「…なまえどの?」
「またかよ兄様ああああああ!!」



いきなり叫び、女性は椅子を蹴って立ち上がった。

蹴り倒された椅子が隣の彼のスネを直撃するが、彼は声ひとつ洩らさなかった。



「あれほど!!髪切る時は僕に一言断ってからにしてねって言ったのに!!」



この前の爽やかサラリーマンヘアからやっと簪挿せるようになったのに!兄様のばかちん!……などなど、店主が「あの、お代…」と声をかけることすら躊躇わせる勢いで、彼女は飛び出していってしまった。

しばらくして、外から「兄様このやろう!」「突然なんですかなまえ」「成敗!天誅!」「そういえば髪切ったんですがどうでしょう?」「切る前に聞いてよ!」……と言い争う声が聞こえてきた。

店内に残されていた男性は、顎とスネの痛みが治まるのを待って立ち上がり、二人分の代金をカウンターに置いた。



「ご馳走様。騒がせてすまなかった。また今度ゆっくり来るよ」



さぁて、と腕まくりしながら店を出て行く後ろ姿に、店のスタッフと客一同はそろって「ご武運を」と祈らずにはいられなかったという。






紫乃様へ捧げます。

影コンビのお話ということでしたが、ツイッターのネタを拾って頂いてありがとうございます…!

黒澤さんは白澤さんと容姿が同じだけに色々災難に見舞われていそうですね。

対して鬼灯さんの影は、逆に鬼灯さんの方が眉間のしわを深くしてそうです(え)。

バレンタインデー当日の執務室は、大量のチョコを嬉々として頬張る影ちゃんと甘い匂いにうんざりする鬼灯様が見られそうですね!

影ふたりの会話も楽しく書かせて頂きました。素敵なリクエストをありがとうございます。

また、ツイッターでは、最近ネタの覚え書きに使っているためTLがうるさくて申し訳ありません…!

今後も要らんことを呟いたり、サイトでは自己満足なお話を細々書いたりしていきますので、お暇な時にでも覗いてやって下さったらうれしいです(^ω^)

それでは、この度は企画へのご参加ありがとうございました。

20150205 かしこ


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -