7万打ありがとね | ナノ

※桃太郎くん視点です。白澤さんの出番少ないです。






仙桃農園から店へ戻る途中に、人だかりができていた。

何故か男ばっかり。で、みんなそろって鼻の下が長い。

黒山の中心には細い体つきの女の人がいた。

少し眠たげな垂れ目のきれいな人だった。

その女性と周りに群がる男たちの会話が風に乗って聞こえてくる。



「こんなところで会うなんて奇遇だね、なまえちゃん!」
「ええ、そうね。ほんとうに奇遇だわ。…もしかしたら運命かもね」



上品に微笑みながら女性は答えている。

…俺の視線にはまだ気付いていないみたいだ。

あのひとはなまえさん。衆合地獄で働く獄卒だ。

彼女の仕事風景を見たことはないが、噂によれば惑わされない男はいないとかなんとか。

衆合の獄卒としてはとても優秀で真面目な勤務態度なんだろうけど、彼女が男を誘惑するのは仕事の時だけじゃないらしい。

桃源郷にいるということは今は勤務時間外のはずだ。

にも関わらず、なまえさんは男たちに向かってふわふわとつかみどころのない笑顔を向ける。

別に笑顔で人と接するのが悪いというわけじゃもちろんなくて、その後に続く決まり文句が問題だった。



「ところであなた…今夜お時間あるかしら?」



…出た。

問われた男はあからさまに期待した顔で目を輝かせた。



「今夜かい?そりゃあもちろん!なまえちゃんのためならいつでも空けとくさ!」
「あら…ありがとう。うれしいわ」



目を細めて小首を傾げる。

人によってはあざといと一蹴されそうな仕草だったけど、誘惑のプロのおねえさんに魅了された男どもはまたもそろってため息なんかついている。息ぴったりだなアンタら。

ちなみに俺には、なまえさんのあの顔は眠くて今にも倒れそうな様子に見える。

ひとり誘われれば我も我もと、何とか彼女と約束をしようとし始める男ども。

若干見苦しいが、哀しいかなこれも男の性だ。指摘しては少し可哀想かもしれない。

なまえさんは困ったように彼らを押しとどめ「じゃあ…じゅんばん、ね」とひとりずつ日にちをずらして遊ぶ約束を取り付けていった。

それは、お気に入りの簪や櫛をひとつひとつ、「あしたはこれ、あさってはこっち」と選んでいるようだった。

もう分かると思うが、なまえさんは大分気合いの入った男好きである。

たぶん、うちの不肖の師匠(こういう使い方はおかしいけど)と同じレベルの。

さっきから見ていたからさすがに気付いたのだろう、なまえさんがこちらを向いた。

視線が合って、その顔が笑顔のままぴしりと固まる。

きれいなひとなんだけどなー、とか考えながら会釈すると、みるみるうちに彼女の顔が青ざめた。



「あ、あ…あのっ!わ、悪いんだけどこの後用事あるからっ!失礼するわね!」
「え、今夜はオレと――」
「だいじょうぶ、それはちゃんと行くから!じゃあね!」



唐突にせわしなく手を振り、彼女は山をかき分け猛然とこちらに駆けてくる。

あまりの迫力に、知らないひとでもないのに反射的に逃げようとした。

―――でもすぐ追いつかれて襟首を掴まれた。



「た、た、たおたろ、くん…!」



うちの師匠と同じ呼び方。

とりあえずなまえさん襟放して下さいくびがくびがしまります。



「あ!ごごごごめんね!」



俺の顔まで青ざめはじめたのを見て、彼女は慌てて手を放した。

咳き込みながら向き直ると申し訳なさそうに、まるで子供のようにしょぼくれている。



「ごめんね、タオ太郎くん…びっくりした?」
「びっくりしすぎてまた死ぬとこでしたよ」
「そう?じゃあ、さっき見たことも忘れた!?」
「んなわけないでしょ。ばっちり覚えてます」
「だよね…」



いきなり首を締められたささやかな復讐にそう言ったら更にうなだれてしまった。

…そんな顔を見たら無条件で謝りたくなるから、このひとはズルイ。



「…心配しなくても白澤様には言いませんよ」
「!…あ、ありがとう!今度遊ばない?」
「そーゆーとこですよなまえさん!」
「あっ…」



ぱあああと顔を輝かせたと思ったらすぐこれだ。

何だかうちの師匠を見ているみたい。

もちろん、出るのはため息だけだ。



「…そのノリで白澤様のことも誘っちゃえばいいじゃないスか」
「できるわけないじゃん!!」

ものすごく力強い否定をされ、思わずのけぞった。あ、仙桃一個落ちた。



「…できるわけ…ないよ…」



打って変わって若干涙声になりながら、なまえさんは落ちた仙桃を拾い上げた。

で、素手で粉砕した。

動揺してるのは分かるけどうちの商品ダメにすんな。

右手を桃の果汁で濡らしながらなまえさんはしょぼくれる。



「遊びじゃないひととは遊べないよ…ぜったい」



そうなのだ。

なまえさんは白澤様に惚れているらしい。

それも本気で。

よりにもよってあの女たらしの浮気症を……をと思ったが彼女も似たようなものだった。

類は友を呼んだ結果がこれだ。

試しに、白澤様に対して真剣なら男遊びをやめてみてはと言ってみたら、「殿方はみんな好き。でも愛してるのは白澤様だけ」という答えが返って来て、ああこれ完全に同類だと確信した。



「それに…」
「それに?」
「…私は、こんなだから。あのひとも、本気になんか、してくれないよ」



だから、遠くから見つめるだけにした。

でも苦しいのは間違いなくて、誰かに聞いて欲しかったらしい。

それで弟子の俺が先に彼女の気持ちを知ることになったのだった。

なまえさんは切なそうに目を伏せている。

さっきまで男たちに向けていたものとは真逆の表情にさすがにこっちだって胸が痛くなってきて、口を開こうとする、けど。

―――いや、だめだ。

これは、今、ましてや俺の口から言っていいことじゃない。

じれったいし、ああああ!と農具を地面に叩きつけたい気分にもなる。

でもここは我慢だ我慢。



「…なまえさん。一度白澤様ときちんとお話してみたらどうですか?あのひとチャランポランですけど、女性が真剣に話してるのを適当に流すようなひとじゃないと思います」



俺が言えるのがここまでだ。

なまえさんは目をぱちぱちとまたたいて、少し――笑った。



「ありがとう、タオ太郎くん。…そうね、そうした方がいいのかも」



やっと笑えるようになったなまえさんは、そこで初めて気付いたように「わっ右手甘い匂いすごい!」なんて慄いてる。

―――と、その時。



「…桃タロー君?ここにいたの」



木々の間から今の今まで話題に上っていた存在がひょっこり顔を出した。

どきーん!となまえさんの心臓の跳ねる音がこっちまで聞こえてきたような気がする。

突然現れた白澤様は、俺の次に彼女を発見し、一瞬驚いた顔をしてから笑いかけた。



「にーはお、なまえちゃん。調子は?」
「…ごきげんうるわしゅう、白澤様。調子は、ええ、すこぶる良うございます」



泣きそうな顔は一瞬で笑顔の裏に隠し、流れるように挨拶した。やっぱりプロだな。

でも心の中は台風が竜巻と一緒にブレイクダンスしてるくらい大混乱だと思う。

そんな様子に気付いていない顔で白澤様は首を傾げた。

視線がなまえさんの右手に集まっている。



「…ねぇ、もしかして仙桃握りつぶしちゃった?すっごい甘い香りするけど」
「!…え、ええ…皮を剥く時力加減を間違えてしまって……せっかく桃太郎さんにひとつ頂いたのに、申し訳ありませんわ」



なまえさん、咄嗟に俺をダシに使うのやめて下さい。…まぁ、いいんですが。

白澤様は「いいのいいの、稀によくあるから」とか言いながら(稀なのかよくあるのかどっちだよ)ハンカチを取り出した。



「はい、どうぞ」
「え…で、でも…」
「遠慮しないで。それはあげる。…あそこを右へ行った辺りに泉があるから、そこで手を洗うといいよ。あそこは神泉だからお肌ももっときれいになっちゃうよ」



にこにこと愛想よく教える白澤様を、なまえさんは目をぱちくりして見つめていた。

何度目かの瞬きで「白澤様優しいまじ天使いや神様だ大好き!」という心の声が(適当だけど)見えた気がする。なんとなく。

しきりに礼を述べながら、なまえさんは白澤様に言われた方向へ去って行った。

俺にちらりと視線を寄越してきたのでそれなりの意味を込めて見返しておいた。

何の意味かって、それは―――



「……桃タロー君」



と、彼女の背中が完全に見えなくなった頃、白澤様が低く言った。

…この後何を言いだすかなんて分かり切ってる。



「ああああ!桃タロー君!なまえ!あの子の名前、呼んじゃったよ!」
「…そうッスね」
「今まであんまり呼んだことなかったのに、いきなりで失礼じゃなかったかな!?だいじょうぶかなぁ嫌われちゃったり―――」



そこで、師匠は目に見えて沈んだ。ずずーん、と擬音でもくっつけておこうか。



「嫌われちゃったり…したら、やだなぁ…」
「自分で言ってなに落ち込んでんですか」
「だってさぁ…今まで苗字で呼んでたのにいきなり下の名前で呼ばれたら、は?ってならない?」
「あんたもなまえさんも苗字ないでしょ」
「あっ桃タロー君名前呼んだ!?なになに、もうそんなに仲いいの!?僕を差し置いてけしからんよ!」
「じゃあ自分からガンガンいけばいいじゃないスか」
「できないって分かって言ってるよねきみ!」
「はい」


あっさり返してやれば白澤様は頭を抱えて「弟子が冷たいよぉ…」と嘆き始めた。

正直言って面倒くさい。

そして更に面倒なことに、この知恵の神、先程去っていったきれいな獄卒さんにホの字である。

そりゃもう、ベッタベタに。

この前真顔で「結婚するならなまえちゃんしか考えられない」とかのたまっていたので多分本気だ。

あの白澤様がひとりの女性に…と最初は意外だったが、思えばきれいな獄卒さんも似たようなものだった。

このひとたちはお互いに両想いなくせに全く気付かず、片想いを続けている。

なまえさんは、自分はただの獄卒だし遊び人だし、ともじもじ。

白澤様は、こんなおじいちゃんが彼女みたいに若い子を独り占めするのは、とうじうじ。

本人たちの言葉を借りるなら、愛してるのはお互いだけのはずなのに、小指の先の甘皮ほども分かっていない。

…本当に面倒くさい、主に俺が。



「…巻き込まれる身にもなってくれよ」



相変わらず「なまえちゃん今日も可愛かったな…あっでも手洗うならうちに寄ってって言えば良かったうわあああああ僕のばかあああああ」とか百面相しているアホ……いや、神獣様の後頭部に、さっさとくっつけ、と呟きをぶつけておいた。





―――――――――――――
まる子様へ捧げます。書き上げるのが遅れてしまい申し訳ありませんでした…!

また、うれしいお言葉もありがとうございます!

どちらも浮気症だけど本当に好きなのはお互いだけな白澤様と男好きヒロインの様子を、桃太郎くん視点でとの内容でしたが、如何だったでしょうか?

見事にすれ違いまくってましたね…これは桃太郎くんもヤキモキしますね。

いつか「じれったいんだよおおお!」と爆発してしまわないことを祈ります(^^)

ふたりのすれ違いっぷりと桃太郎くんのイライラ(?)をとても楽しく書かせて頂きました。

それでは、この度は企画へのご参加ありがとうございました!


20150428 かしこ



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