※9/14のmemoネタです。



極楽満月の従業員・桃太郎はこの日、ちょっと珍しいものを見た。からりと開いた扉に「いらっしゃいませ」と顔を上げる。しかしその言葉は途中で消え失せた。それは店主も同じのようだ。


「いらっしゃ……」
「やあ、白さん。今日もいい男だね」


そんな文句とともに入ってきたのは、黒い着物を纏った背の高い女性。額には一本の角が生えており、その姿は某お得意様にそっくり…瓜二つである。


「に…ニーハオ、なまえちゃん」


白澤は彼女のことを知っているらしく、若干引きつった笑顔を浮かべた。彼の反応からしてホモサピエンス擬態薬の新作で性別を変えたとかそういうわけではなさそうだ。鬼灯似の女性はおかしそうに笑い、白澤にするすると近づいた。顔立ちのせいで違和感しかない。


「遊びに来たよ」
「あ、うん…今お茶淹れるね」


椅子から立ち上がる白澤に桃太郎は少し首を傾げた。女性が来た時はいつも桃太郎にお茶の用意をさせるのに。するとなまえはやんわりと彼の腕に手を添えた。びくっと腕が跳ねる。


「いいよ、そんな気ぃ遣わなくて。それよりお喋りしようよ」


すす、と腕を伝って肩に手が移動する。顔の位置もかなり近い。女性にここまで接近されて普段の白澤なら喜んで相手をするのだが、今回は様子がおかしい。何だか妙に緊張しているように見える。


「ん?なんだか顔色が悪いねぇ…医者の不摂生ってやつかい?」


蠱惑的なアルトボイスに合わせて指先が彼の頬を滑る。


「貴方ほどじゃないけど、僕も一応漢方の知識はあるよ。診察したげようか」
「う…だ、大丈夫だよ。ありがとね」
「そう言わずに」


最早耳を噛みそうなほど近くで女性は笑う。その面立ちがあまりにも某補佐官と似ているため、傍から見たら白澤が某補佐官に迫られているように見える。…色んな意味で寒気を覚えた桃太郎が更に距離を取ろうとしていると、店の扉がまた開いた。


「兄上、いるか?」


黒い道士服にダレスバッグの男性が入ってきた。彼は、かつて白澤が自身の影から作った分身である。彼には「小黒」というちゃんとした名前があるが、「黒澤」さんと言った方が分かりやすい場合もある。小黒は店内の状況を一目見て一瞬黙り、後ろを振り返った。


「…見つけたぞ」


誰か一緒に来ているらしい。まさか、と桃太郎の胸に嫌な予感がした瞬間、戸口から金棒が飛んできた。その軌道には白澤と――件の女性。


「おっと、」


そんなわざとらしい驚き声とともに、女性は白澤を突き飛ばした。今の今まで三角巾の頭があった場所を通過した金棒を軽くかわし、その柄を掴む。そして今度は飛んできた反動を利用して投げ返した。以前、桃太郎はあの金棒を体の上に乗せられたことがある。その時はあまりの重さに身動きすら取れなかったほどだったのだが。戻って来た金棒をやはり片手で受け止めたのは、言わずもがな地獄の鬼神閣下だった。


「…やはりここでしたか、なまえ」


眉間に深い皺が刻まれている。最早ヒビと言った方がいいかもしれない。その視線は女性に真っ直ぐ向けられている。見れば見るほどそっくりなふたりだが、女性は眉根を寄せることなどせず楽しそうに笑っていた。


「ごきげんよう、父様」
「だからその呼び方はやめろと…」
「え、“父様”…!?」


まさか鬼灯に隠し子が?見た目が若いだけで彼の実年齢を考えればこれくらい大きな子供がいてもおかしくはないが…と桃太郎の脳内が混乱を極めていると、立ち上がった白澤が近寄って来た。


「“父様”って、お前んとこもかよ…」
「白澤様?」
「桃タロー君、混乱するのも分かるけど彼女はそいつの娘じゃないよ」
「こんな娘いてたまるもんですか」


憮然とした顔の鬼灯が口を挟んでくる。対して女性の方はころころと笑い声を立てて言った。


「僕はこの人の妹さ。便宜上だけどね」
「…どういうことですか?」
「そこの黒さんと同じだよ。影をちぎって作った分身だね」


なまえは小黒の方を見ながら微笑む。


「…影ってちぎれるんですね」
「出来ますよ。ちょっと痛かったですが」


鬼灯が答え、すたすたとなまえの背後に歩み寄り首根っこを掴んだ。


「貴女という人は、何度仕事サボれば気が済むんです?」
「きゃー黒さん助けてー」
「…自業自得だろう、なまえ殿」


小黒は若干呆れ顔である。


「遊ぶのが悪いとは言わないが、仕事を終えてからにした方がいいぞ」
「もう、黒さんは真面目だねぇ。白さんとは大違い」


そんなことを言われている白澤はやっぱり引きつった笑顔だ。


「ていうかさ、昨日ちゃんと仕事したのに何で今日もしなきゃいけないの?」
「仕事は毎日積み重ねるものです。つべこべ言ってないで戻りますよ」


鬼灯は彼女を肩に担ぎ上げ、そのまま店を出て行く。米俵のような具合になっている妹は、作り主そっくりの顔で「またねー」と愛想良く笑った。嵐のように去って行った補佐官とその分身を見送りながら、桃太郎はふと思った。仕事を平気でサボり、その上悪びれもしないのに鬼灯は口頭で注意するだけで、最初に金棒を投げた以外は実力行使に出なかった。何だか意外である。そう口に出すと、小黒がため息交じりに言った。


「なまえ殿は、閻魔庁の第二補佐官なんだ」
「え!あのひとが?」
「ベースが鬼灯殿だから能力はあるし、思考回路もほとんど一緒だ。サポートとしてこれ以上の適任はいない」


なるほど、分身ならではといったところか。


「実際、最近は鬼灯殿の顔色が良い。彼女のおかげで負担が減ったからだろう」


ただひとつ、隙を見てはサボろうとするのが難点なだけで。そう言う小黒の顔は呆れてはいるがどこか安堵しているような――そんな色も含まれている。


「まぁ、兄上は苦手のようだがな」
「……」


見れば、桃太郎の師匠はちょっと弟を睨んでいた。


「別に苦手じゃないよ」
「嘘つけ。顔が鬼灯殿にそっくりすぎてそういう気分になれないってこの前ぼやいてただろう」


すると痛いところを突かれたのかまた黙ってそっぽを向いた。あの白澤でもアレな気分にならない女性がいるなんて、これまた意外である。


「…その割になまえさんにはすごい迫られてましたけど」
「彼女は分かってやってるんだ。兄上の引きつった顔を見るのが面白いって、この前飲みに行った時言ってたからな」


ドSじゃねーか。桃太郎は心の中でツッコミを入れた。S極がS極生み出してどうするんだ、それともS極だからこそS極が……なんかよく分かんなくなってきた。これ以上考えても疲れるだけだと判断し、賢明なる従業員は仕事の続きに戻ることにした。




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14日の小話に反応して下さった方がおられたので、書いてみました。黒澤さんの名前は「小黒(シャオヘイ)」と読みます。これでクー○ンズゲート想像した方がいたらお友達になって下さい(え)。性格は正反対だけどドSなとこは似てる模様。それでは、読んで下さってありがとうございました!

20141005



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