※暴力表現注意




彼女は、行為の度に泣く。大粒の涙をぽろぽろと零しながら声を詰まらせ、繰り返し口にするのだ。


「ごめんなさい、」


ごめんなさいごめんなさい。何度も何度も彼に謝罪し―――金棒を振り下ろす。回数は数えないことにしている。何度目かの一撃が腹部に沈み、咳き込んだ。金棒の柄を握る手がびくりと震え、その頬を新たな雫が伝い落ちていった。


「は、白澤様…!」
「…ん、大丈夫」


咳と一緒に飛び出た血液を彼女に見えないように拭って、微笑んでみせる。そんな彼を見て彼女はまた呟いた。


「…ごめんなさい」
「もう、なまえちゃんったら謝らなくていいって言ったでしょ?」
「でも…わ、私…あなたにひどいこと…」


顎の先から滴るそれが華奢な指を濡らし、金棒の鉛の色をいっそう濃く塗り替える。それでも彼女は持ち手から手を離さなかった。……否、離すことができないのだ。それを彼はよく分かっている。そう、痛いほど。


「いいのいいの。今はぜんぶ忘れちゃっていいんだよ」
「……っ」
「ね、なまえちゃん」

 
軋む体を無理やり起こし、手を伸ばす。ベッドの脇に立っている彼女の腕はいつもどおりに冷たい。彼は小刻みに震えるその肌を、安心させるようにぽんぽんと叩いて言った。


「おいで」


濡れた両手が、ようやっと金棒から離れた。がらんと大きな音を立てて鉛の塊が床に転がる。聞きつけて様子を見に来る出来た従業員は今夜は不在だ。地獄で勤める友人たちと、たまには夜通し飲み明かしてこいと他ならぬ彼が送り出したのだから。急に寄る辺を失った手は一瞬宙をさ迷い、結局彼の手に縋ることにしたらしい。控えめに握り返された手を引くと彼女の体は簡単に彼の腕中に収まった。ベッドが新たな重みに鈍く呻いた。


「白澤、様…」


消え入りそうな声が耳朶にかかって、彼は細くて小さな体を抱きしめた。腕に添えられていた指に力がこもり、やがて骨が悲鳴を上げたが、彼は無視をした。最後にぼきりという叫びを最後に静かになった。


「…ごめ…な、さ…っ」


合間にしゃくり上げる彼女の耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。


「愛してる、なまえちゃん」


小さく息を呑む音。続いて首筋を刺す鋭利な感覚は、最早痛みなのかなんなのか、彼には分からなかった。




* * * * *




なまえと最初に会ったのは、閻魔庁へ配達に行った時だ。嫌いな能面野郎と言い争っているところに、お香とともに書類を携えてやってきたのが彼女だった。背の高いお香の影に隠れ、目の前で繰り広げられる喧嘩の模様を目を白黒させながら見つめる様子が、とても可愛かったのを覚えている。初めて見る子だ、と早速話しかけてきた彼にしどろもどろになり、最終的に半泣きで彼の顔面にパンチして逃げ出してしまったのはいい思い出。それから何かと食事やお茶に誘うようになって、少し前に恋人という関係になった。付き合い始める前から彼はなまえの癖を知っていた。

彼女は、物理的な痛みの伴う方法でないと愛情を確認できないのだ。痛みを受けるのは彼女自身、もしくは相手。一度だけ理由を尋ねたことがある。彼が思う愛情と彼女が思う愛情は少し異なっているかもしれない。そう言った彼に、なまえは涙で頬を濡らして言った。


「異常なのは分かっているのです。…それでも、私は、」


ごめんなさい。そのまま泣き崩れ、両手を顔を覆った。袖から覗いた腕には無数の傷。古いものから血が滲んでいるものまで多種多様であるが、共通するのはどれも相当深い傷だということ。その日を境に彼は彼女の癖について何も言わなくなった。ただひとつ、痛みを受けるのは彼だけという約束をして。以来、彼女は彼との愛情を確認する度泣いているのだ。

止めたいのに、止められない。本当はもっと優しいやり方で接したい。でも、それでは愛してもらえているか不安になるし、なにより私があなたを愛していることを伝えられない。そんな風に、思っているらしかった。なんと不自由で――不器用な子。






傍らですうすう寝息を立てる彼女の頬には、未だ涙の跡が残っていた。ちゃんと拭ってあげたつもりだったのに。


「…ごめんね」


折れていない方の手で艶やかな髪を撫でると、わずかに呻いて身じろぎをした。


「……はくたくさま…」


夢の中でも謝っているのだろうか。彼は万物を知る神だが、夢を操ることはできない。この小さな愛し子が少しでも良い夢を見られるよう、代わりに片腕で包み込んだ。


「僕はここにいるよ」


――ずっと。聞こえているかどうか定かではないけれど、言い聞かせるようにゆっくりとそう呟いた。

白い頬を雫がひとつぶ、滑り落ちた。



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こう言ってはアレですが、病んでるちゅうにな子は書いてて楽しいです。そして白澤様の包容力レベルがカンストしている。それでは読んでくれてありがとうございました。

20140822



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