「白澤様。いくつか私の質問にお答え下さい」


ある夜の衆合地獄、居酒屋にて。まっすぐ目の前に来て一言。彼女が持っているのはお子様ランチ。元々別の席に座っていたところをわざわざ移動してきたらしい。何故大人しか来ないはずなのにお子様ランチがあるのかと思うが、それは店の主人のみが知っていることだろう。どこからどう見ても「大人のお姉さん」な外見をしている彼女と旗の立ったチキンライスの取り合わせが衝撃的すぎて周りはなにも言い出せない。それでも彼はにっこり微笑んだ。


「なまえちゃん、お子様ランチ好きなの?かわいいー」
「お隣失礼します」


有無を言わさずなまえは彼の隣に座った。友達100人ならぬ隠し子1000人いてもおかしくない女たらしは、この日珍しくひとりで飲みに来ていたらしい。美人の従業員目当てかもしれないが。


「それで、質問ってなに?何でも答えちゃうよ」
「聞いたことだけお答え頂ければ十分です」


素っ気ない物言いである。相変わらずガードが堅いなぁと白澤は苦笑した。なまえは手を合わせてからスプーンでチキンライスをすくい、早速質問を提示した。


「好きな色は?」
「白かな」
「ふむ。では次です。好きな食べ物は?」
「辛いものとか好きだねぇ」
「ほう…ちょっと意外ですね。では、これで最後です」
「えー?もっと色々聞いてくれていいのに」
「好きな女性のタイプは?」


口に運びかけたグラスが一瞬止まった。まさか彼女からそんな話題が出ると思わなくて、無意識のうちに隣をまじまじと見つめてしまう。チキンライスの最後のひとすくいを咀嚼するなまえは変わらず無表情。この子を見ていると某常闇鬼神を思い出すが、当然ながら彼らの間にはいかなる血縁関係もない。


「それ、期待してもいいってこと?」
「旗はあげませんよ」


彼が何を期待したと思ったのだろうか、キッと目つきを鋭くして皿を遠ざけた。いやいや、そういうことじゃないんだけど。


「まぁいっか。好きな女の子のタイプねぇ……なまえちゃんみたいな子かな」
「…なるほど」


なまえは、最後にプリンに乗ったさくらんぼを口に放り込みながらうんうんと頷いた。無表情な中でもかなり嬉しそうなのが見て取れる。これはいよいよ、この後から朝までの予定が埋まる可能性が高くなってきたのではないか。善は急げである。


「ところでなまえちゃん、この後空いてる?僕ん家で飲み直さない?」


その言葉にぴくんと彼女が反応した。それから、口からさくらんぼの茎を出し(ちなみに蝶々結びである)ゆっくりと白澤の方を向いた。


「…桃太郎さんは?」
「シロちゃんたちと飲みに行ってるから、遅くまでいないよ」


第三者の存在を気にするあたり、恥じらいがあっていいなと白澤は思った。従業員がいても気にしないという子も好きだけども。


「そうですか、シロくんたちと飲みに……なるほど…」
「…なまえちゃん?」
「ちなみにどこで飲むと仰っていましたか?」
「え?うーんとね…不喜処のバーだったと思うけど」


出かける前の従業員の言葉を思い出しながら話すと、なまえはふむふむと顎に手を当てた。それから腕時計を確認し、やや唐突に立ち上がった。


「お時間を取らせてしまって申し訳ありません、白澤様。私はこの辺で失礼します」
「えぇー、帰っちゃうの?」
「急用ができました。色々と有益な情報、ありがとうございます」


白澤に向かってぺこりと頭を下げ、彼女はさっさと支払いを済ませて店を出て行った。彼のもとを離れる直前、


「…私みたいなのがタイプってホントかしら………桃太郎さん」


ごくごく小さな声はどこか弾んだ調子で白澤の耳に届いた。足取りまで軽いように見える彼女の背中を見送っても未だ、神獣の目はその方向に釘付けになっていた。


「……僕、フラれた?」


しばらく経ってようやく呟いた彼の前に、例の美人の従業員がそっと水を置いた。




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噛み合ってるようで噛み合ってなかった会話でした。後で指摘されて「桃太郎さんの好みって言いませんでしたっけ?」ってなるパターン。タイトルだけ見たら切ない系に見える不思議。

20140815


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