白状しよう。僕は今、非常に情けないことになっている。


「…白澤さま?」


案の定、今の僕の顔は残念な有様だったらしい。顔を少し離して彼女が首を傾げた。故意にその角度に設定しているようにも見えるけど、どうしよう、すごくかわいい。


「どうかなさったの?」
「……いや」


なんでも、ないよ。そう言おうとしたけれど、のどが張り付いたようで声帯は震えてくれなかった。自分が呼吸をしているかどうかも分からない。きっと、彼女がぜんぶ奪っていってしまったんだ。呼吸も言葉もなにもかも。いったい、どこから?それは――


「…白澤さま、ほんとうに、何ともありませんの?」
「え、な、なにが?」
「お顔が真っ赤っかです」
「……!」


慌てて自分の頬を触る。びっくりを通り越して笑ってしまう。それくらい、そこは熱を持っていた。


「…あは」
「今度は笑い出して…へんなひと」


ふふ、と上品に微笑む彼女。…きれいだなぁ。この、隙があるようでない雰囲気が好きなんだよな―――あ、言っちゃった。


「ねぇ?そろそろお鍋、煮えたころだと思いますけど」


幸い、僕の心の声は聞こえてなかったみたい。彼女の言葉にはっとして、火にかけたままの鍋を見に行った。…良かった、焦げてない。危うく薬を駄目にしてしまうところだった。これ以上彼女を見ていると更なる失敗をやらかしそうで、薬の調合に集中することにした。僕が作業している間、彼女は黙って待っていてくれた。ちなみに桃タロー君は今、他の従業員たちを連れて生薬を採取しに行っている。しばらくは戻ってこない。


「……」


沈黙が続くと余計なことに考えが向いてしまうものだ。…『薬に集中するんじゃなかったのか』?ごめん、あれは言葉の綾です。大抵の薬は集中しなくても正確に作れるんだなぁ僕。伊達に何千年も薬剤師やってないよ。

…それはいいとして、鍋の中身を混ぜながらも思考を支配するのは当然のように彼女。ひいてはついさっきの……ええと、その、


「…白澤さま」
「えっ!ななな、なに?」
「いえ…それ、そんなに力いっぱいかき混ぜていいものなのですか?」


指摘されて初めて気づいたが、いつの間にか必要以上に力を入れて鍋をかき回していたらしい。これはそんなに一生懸命混ぜなくてもいい薬なのに。動揺しているのを悟られないよう、彼女が漢方にあまり詳しくないのをいいことに誤魔化しておく。


「ああこれね、たくさん混ぜて作るものなんだ」
「そうでしたか、出過ぎたことを申しました。……それにしても白澤さま、さっきからおかしいですね。いつもの白澤さまじゃないみたい」


痛いところを突かれて木べらを取り落としそうになった。…この子、本当はぜんぶ分かってるんじゃないだろうか。僕が柄にもなくひとりの女の子に本気で惚れていて、その相手が彼女で、そんな相手からいきなりキスをされて狼狽えまくっていることに。キスの場所?お察し下さい言わせないでお願いだから。


「でも、いつもと違う白澤さまも好きです」


ああもう、どうしてこの子はいつでも絶妙なタイミングで最適な台詞を選んでくるんだろう。

そもそも、なんでキスしたの?湯呑を置くためにちょっとだけ顔の位置が近くなっただけで、特にそういう雰囲気ではなかったのに。それといつもと違う僕も好き…ってもしかして期待してもいいのかな?いやいや待て待て、焦りは禁物だもし勘違いだったどうするんだ立ち直れないじゃないか落ち着けここはさらっと聞いてみるんだ。


「…ねぇ、なまえちゃん」


火を止めた鍋から別の器に中身を移しながら、軽い世間話のようなノリを心がける。


「…あのさ、」
「はい」
「……えっと、」


まただ。また、のどがぴったりくっついたようになって先を言えない。なにやってんだ僕は、いつもみたいに自然に―――そこではたと気付く。“いつもの僕”ってどんなだっけ?


「…薬、もう出来るからね」


認めよう。僕は思ったよりもずっとヘタレている。情けなさと恥ずかしさとでもう泣きたい。むしろ彼女の胸に顔を埋めて泣きたい。あ、やっぱり今のナシ、想像しただけで恥ずかしくてしんじゃう。


「はい、お待ち遠様」


表向きは平静を装って(どこかしら引きつってるかもしれないけど)出来上がった薬を彼女の前に置いた。お礼を言って微笑んだ顔に、胸の中がどうにかなりそうだった。


「おいくらですか?」
「あ…うん、そうだね…これくらいでいいよ」


告げた金額を反復しながら財布からお金を取り出し、そのままカウンターにでも置くのかと思ったら。

白魚のような手がすんなり伸びてきたところまでは、ちゃんと認識できた。でもそこから先は、気付いたら彼女が僕の手を取ってその上にお金を乗せていた。


「ちょうどありますわ」
「………」
「…白澤さま?どうかなさいまして?」


本日何度目かの思考停止、並びに彼女に心配されるという失態。それらを同時にやらかした僕は、我に返ると慌てて彼女の手から自分のそれを退けた。


「う、うん、ちょうどいただきました謝謝!」


裏返りそうになった声をなんとか抑え付ける。案の定彼女は不思議そうな顔をしたけれど、最後には笑顔で「また来ます」と言って帰っていった。


「………」


高めの下駄の音が遠ざかっていく。それに伴い、再び顔が熱くなってきた。今度は耳やら首にも熱が集まってきている。ええい、散れ散れ!

そうは言ってもそのとおりになってくれるわけもなく、結局僕は自室に取って返してベッドにダイブする羽目になった。




↓オマケ
「…どうでした?」
「あぁ、今回も駄目だったよ」
「あいつは話を聞かないからな」
「はっきり言わない私も悪いんですけどねぇ」
「それにしてもあの色魔…本命相手だとヘタレるタイプですか。キモチワルイ」
「なにを仰います、そこがいいのですよ」
「…貴女も大概もの好きですよね」


――――――――――――――
本命にはヘタレるプレイボーイがとっても好きです、ありがちだけど。なんだか妙に乙女な白澤さまになってしまいましたが、可愛がっていただけると幸いです。では、読んでくださってありがとうございました。

20140719


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