※『無知は罪?』続き



「なまえ。お前ちょっとそこ座れ」


珍しく真面目な声で言った兄――厳密には作り主――に従って、彼の前の椅子に正座した。


「なんだ、兄上」
「なんだじゃありません」


向かいの白澤は腕組みをした。これまた珍しく、眉間に深いシワが寄っている。


「お前さ、いい加減にしろよ」
「だからなにが」
「昨日女の子泣かせただろ」
「…あれは私のせいだったのか?」
「どう考えてもそうでしょーが」


小首を傾げている己の分身の姿に、ため息が出た。自分で言うのもアレだけど、こいつ本当に僕の一部から出来てるんだよね?


「確かに昨日会った女性は泣いていたが…」
「彼女、何か言ってなかった?」
「一緒に行って欲しい場所があったらしいな。結局どこかは分からずじまいだった」
「正確に、一字一句彼女の言葉思い出してみろよ」


言われて、なまえがまた首を傾げる。今度は反対側だ。そのうち首がとれるんじゃないか。


「…『付き合って下さい』と言っていた」
「知ってるよ!お前バカじゃないのか!?」


そこで、白澤のイライラが爆発した。昨日、分身と女の子の間で何があったのかは知っている。他でもない女の子本人から聞いたからだ。最初なまえだと思ったらしく、その女の子は白澤を見るなり「どの面下げて!」と金棒を投げてきた。自分のあずかり知らぬところで発生していた恨みを甘んじて受けてから、事情を聞いた。そして呆れた。


「知ってるならどうして訊いた?」
「うるさいな!『付き合って下さい』で何で場所の話になるんだよ、そういう意味なわけないだろ!?ギャルゲーの主人公かお前は!」
「?では、どういう意味だ」
「教えてやんねーよ!自分で気付け!」


我ながら大人げないと思うが、仕方ない。だってイライラするんだもの。昔からやたらと異性にモテて、女の子の方からせっせとフラグを立てに来るのも。せっかく立てたフラグをこいつが片っ端からへし折っていくのも。しかもそれが無自覚ということも。ぜんぶぜんぶ、


「納得いかないッ!」
「兄上?」
「何でお前みたいな朴念仁が!どっかの鬼も裸足で逃げ出すくらいの甲斐性なしが!」
「鬼灯殿は別に甲斐性なしではないと思うが…」
「あいつはどうでもいいの!っもう何なんだよ、お前の作り主は僕なのに…!」
「何だか分からんが、とりあえず抑肝散飲むか?」
「十分落ち着いてるんで結構です!」


ばんっとカウンターを叩いて立ち上がり、白澤はぶつくさ文句を言いながら極楽満月の入口に向かった。


「どこへ行くんだ?」
「衆合地獄だよ。誰かさんに酷いことされたお姫様の涙ぬぐいに行くの!」


お前は来るなよ!最後に尖った声で言って、ばしんと扉が閉まる。振動で落ちてきた商品を、桃太郎が慌ててキャッチした。外からは、しばらくの間「フラグクラッシャーめ!」とか「うらやまけしからん!」とか文句が聞こえていたが、やがて遠くなっていった。


「…桃タロー殿。結局どういうことなのだろう」
「すみません、今回ばかりは俺も何とも言えません」


そろそろと視線を外す従業員に、かの神獣の分身は、三度こてんと首を傾けた。



――――――――――――――
黒豚さんシリーズ第三弾です。白澤さんとの絡みが見たいと仰って下さる方がいたので、ガリガリ。自分よりモテる分身に納得いかない兄上の図です。「付き合って下さい」→「いいよ、どこまで?」→「(°д°)」っていう流れはどこかの少女漫画で見ました。黒豚さん実はもう恋人いるとかだったら面白いですね。では、読んで下さってありがとうございました。

20140712



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