※法医学者親子と夕神さんin七夕




『うちに来て下さい』


仕事が終わったタイミングで、なまえからそんなメールが届いていた。いつとは書いていないから、今という意味だ。どうせロクなことじゃないんだろうなと思いながら、彼は自分の執務室を出た。今日は生憎の雨ふりだった。





「にいちゃん、おかえり!」


チャイムを鳴らすと、中からなまえの娘が顔を出した。そのまま、ぼふっと抱きついてくる。


「ギンちゃんもおかえり!」


ちょっと前まで、おかえりなんて言ってくれる人はいなかった。じんわり胸に広がる温かさを、彼女の頭を撫でる手に込める。彼女はえへへと嬉しそうにしているが、上機嫌の理由は大好きなにいちゃんに会えたことだけではないようだ。


「早いですね。そんなにうちの子に会いたかったんですか、ロリコンさん」


面白がる声に顔を上げれば、いつの間にいたのか7年来の友人が立っていた。白衣を着ていない姿は何だか違和感がある。


「たまたま局出るとこだっただけだ」
「ええ、分かってますよ。だからあのタイミングで連絡したんです」
「…むかつくなァお前さんはよ。いつものことだが」
「お褒めに預かり光栄です」


減らない口を叩きながら、引き返していく。その後を追うように娘が夕神の手を引いた。


「にいちゃん!こっち!」
「お嬢、なんか良いことあったのか?」
「これからあるんだよ」


振り返った顔は、眩しい笑みの形だった。


「七夕するの!」






「…どこから持ってきたんだ、コレ」


リビングに通された夕神の目に飛び込んできたのは、やたらわさわさ生い茂っている笹だった。


「彼女が学校からもらってきたんですよ。七夕イベントの余りだそうです。さすがに生のをとってくる時間はなかったらしくて、全部作りものですけど」


造花という点に一抹の寂しさを感じるが、仕方がない。作り物の割にリアルなそれを前に、なまえの娘は嬉しそうだ。頭から音符を飛ばす様子が目に映るようである。


「で、彼女が家でも七夕をやりたいと。せっかくだし迅とギンも呼ぶかという話になりまして」
「そういうことかい」
「ええ。そういうことなので、君もこれに願いごと書いて下さい」


どういうことだよ。そうツッコみかけた夕神の前に、細長く切られた紙とペンが置かれる。


「ギンは字書けないでしょうから、心の中で思うだけにして下さい」
「クエ…」
「何でちょっと残念そうなんだオイ」


娘の隣に移動していた相棒が、どことなく寂しげに鳴いた。この母子が関わると、ギンはとても表情豊かになる。


「ほらほら遠慮なく。ずずいとどうぞ」
「あのなぁ…いい年の大人が願いごとも何も――」
「私はもう書きましたよ」
「安心しろ、お前さんは大人にカウントしてねェから」


夕神の中でなまえのカテゴリーは『変人』だ。そう言ってやれば、なまえは分かりやすく唇を尖らせた。


「人のこと言えないくせに。この変迅」
「活字じゃねェと分かりづらい返しすんな」
「…にいちゃん、おねがい書かないの?」


そんな言い合いをしていると、娘がこっちに寄ってきた。その後をギンがちょこちょこついて歩く。眉根の下がったその表情に、うっと詰まる。


「あーあ、悪いんだぁ。せんせーい、迅くんが女の子泣かせましたー」
「…ギン」
「クエ」
「残念、ギンは彼女の味方ですよ」


ここぞとばかりにふざけるなまえに灸を据えようと、相棒に声をかける。しかし当の本人(本鷹?)は、返事をしただけで行動に移そうとしなかった。ジト目を向けるも、夕神から見えない絶妙な位置にささっと隠れてしまった。賢すぎるのも時には考えものかもしれない、とこの時初めて思った。


「…わかったよ。書きゃぁいいんだろ?」
「君は本当に話が早くて助かりますねぇ」


ただ面白がっていただけの友人は、にやにやと人の悪い笑みを浮かべている。無駄に美人なのが余計癇に障るが、それを言ってもしょうがない。大人しくペンを握った彼に、娘はぱっと顔を輝かせた。


「にいちゃん、書くの?」
「ああ。お嬢はもう書いたのか?」
「うん!」


元気に返事をして娘が短冊を差し出してくる。そこには子供らしい字で『雨がやみますように』と書かれていた。わざわざ短冊に書くよりもてるてる坊主を作った方がいいのではないかと思うが、娘が補足説明をしてくれた。


「おり姫さまとひこ星さまは、天の川をとおって会いに行くんでしょ?雨で川の水があふれて、とおれなくなっちゃったら大変だから」


ふたりは今日しか会えないんだよね?確認するように母とその友人の顔を見比べる娘に、夕神はふっと口元を緩めた。


「お嬢は優しいな」
「え?そんなことないよ。だって、わたしも川がとおれなくてジンにいちゃんに会えなくなったら、イヤだもん」


無邪気に言ってくれる。…一瞬、ロリコンでもいいかもしれないと思ってしまった。俺は何を考えてるんだ。


「そうですよ。彼女をかっさらおうなんて10年早い」
「どっちにしろ犯罪には違いねェよ」


10年経ったら娘は17歳だ。バリバリの未成年である。


「普通は自分のこと願うもんだがなァ。どっかのおかあさんが教育間違ってくれて良かったよ」
「失礼な、私ちゃんと母親してますって」
「ちなみになまえは何て書いたんだ?」
「『リア充爆発しろ』」
「お前さんの“ちゃんとした母親像”、ひでェ有様だな」


どこに子供の願いを踏みにじるようなことを書く親がいる。いたとしてもこいつひとりで十分だ。


「とりあえずこれ書いとかないと、って妙な使命感に駆られました」
「しょうもねェな」


やっぱり変な奴だと再確認しつつ、ペンを置く。


「おや、出来たんですか?見せなさい」
「近ェよ、何でこういう時だけ動き機敏なんだよお前さんは」
「人聞きの悪い。普段は動くのが面倒なだけです」
「余計タチ悪ィぞ」


友人との短い攻防は、夕神が席を立ったことで彼の勝利に終わった。そのままキッチンのカウンターに紙を置き、何やらかさこそしている。やがて作業を終えた彼は、笹に歩み寄って一番高い位置にそれをくくりつけた。190cm近い長身の恩恵を最大限活用した、彼以外の誰も手が届かない位置である。元は細長い形だった短冊は、見事な鶴の姿に変わっていた。


「ツルさん!」
「クエ!」
「ギン、あれは鶴です、あなたのお仲間じゃありません。…しかし、どうやったらあの形からキレイな鶴折れるんだろう」
「手先は割と器用な方だからな」
「器用貧乏ってやつですね、分かります」
「悔しかったらお前さんも折ってみろよ」
「鶴くらい余裕のよっちゃんです」
「いつの時代だよ」
「おかあさん、ツルさん折れたっけ?紙ヒコーキも無理なのに」
「ちょっ、それは言わない約束だと――」
「へぇ?器用貧乏はどっちかねェ…おっと、お前さんは器用ですらなかったなァ」


これは失礼、と妙に丁寧な言い方をしてくる友人をなまえは思いっきり睨んだ。いつものむかつく余裕がこんな風に崩れるのを見るのはいいもんだ、と思う自分の思考回路も大概ひねくれているから、お互い様だと夕神は思った。


「わざわざ解体が面倒そうな形に折るところに悪意を感じる……どんだけ見られたくない願いなんですか」
「お嬢、短冊どこがいい?」
「そこ!」
「話聞けよ」


こっちの言い分なんてそっちのけで、友人は娘の短冊を笹にくくり付け始めた。それをギンが羽繕いしながら見守っている。やたらほのぼのしているのが若干癪に障るが、それを言っても仕方ない。諦めて、なまえは自分の短冊を手にとってみんなの横に並んだ。


「迅、私のは彼女の隣でお願いします」
「蛇腹折り…せめての抵抗か?」
「うるさい」
「もー!ふたりともケンカしない!」
「クエー!」
「「ゴメンナサイ」」



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七夕でもう一本。おかあさんは職業柄刃物とかの扱いは得意だけどそれ以外は不器用だとなんかいい。刃物得意って字面だけ見るとアブナイ人ですね。夕神さんは意外と細かい作業好きだったら萌えます。休憩時間に執務室でマッチ棒とかトランプでタワー作ってたり(暇すぎ)。夕神さんの願いごとはご想像におまかせで。では、読んでくださってありがとうございました。

20140705



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