七夕といえば、織姫と彦星が年に一度逢瀬を許された日だ。二人にあやかって、その日は笹に願いを書いた短冊をくくりつけて願いを叶えてもらおうというイベントが普及している。叶える身にもなってくれと、声を大にして言いたい。


「…北海道にお住まいのマチコちゃんからの投稿です」


次の一枚を手に取ると、そこには子供らしい不揃いな字が並んでいた。


「『サトシくんとつきあいたい』…恋って素晴らしいよね!でもサトシくんはアユミちゃんのことが好きみたいだよ。そしてアユミちゃんはマチコちゃんとは大の仲良しだったね。まるで昼ドラだね!大丈夫、男はサトシくんだけじゃないから!…では、次のお便りです」


と、そこで虚しくなった。いくら気を紛らわせるためとはいえ、ひとりラジオDJごっこなんてイタすぎる。


「…私なにやってんだろ」


脱力して、目の前の山を眺めた。短冊短冊短冊。これでもかと短冊。もうお腹いっぱいだ。今日は七夕、願いを短冊に託して空に思いを馳せる、そんな日。…世間一般には。彼女にとっては、一年で最も大変な日だ。なまえの職業は、織姫の侍女である。主な仕事内容は彼女の身の回りの世話だが、今日だけは特殊業務だ。年に一度、たった一日だけ恋人との逢瀬ができる日に、日本中の願いなんか叶えている余裕はない。かといって、完全に願いを無視するわけにもいかない。だから、なまえが代わりに夥しい短冊を見るハメになっているのだ。


「姫様はいいなぁ。今頃彦星様とイチャコラしてんだろうなぁ。私最近そういうことしてない…したいなぁ、イチャコラ」


さっぱり減らない短冊をひらひらいじりながら、ため息をつく。今は休憩だ。うん、そういうことにしておこう。


「てか、天女の力使っていいとか職権濫用じゃない?それどころじゃないのは分かるけどさ…姫様アバウトすぎ」


こういうこと頼めるのなまえしかいないの、と手を合わせてくる織姫にほだされて引き受けたはいいが、毎年毎年これでは嫌になってしまう。普段は優しくて良いご主人様なんだけど、彼のこととなるとちょっと周りが見えなくなってしまうらしい。


「リア充め。羨ましいぞ、ちくしょー」


末永く爆発しろーと縁起でもない独り言を呟く。当然ながら、答えてくれる人はいない。いつまでもこんなことをしていても何が変わるわけでもないので、休憩を終わりにして再び短冊の山に取り掛かった。最初に手にとったのは、金色の折り紙を細長く切ったもの。自己主張の激しい色ね、とそこに書かれた名前を読み取る。


「ええと…北海道にお住まいの、アユミちゃん?あ、この子さっきの…」


サトシくんと付き合いたいと書いていた、マチコちゃんの友達だ。実はサトシくんが想いを寄せる相手でもある。じゃあこの子も「サトシくんと付き合いたい」かな?そんな子供らしい願いを期待して、文言を読んだ。


「『玉のこしにのりたい』……うん、サトシくん頑張れ」


こんな幼いうちから玉の輿って、今時の子供は随分と考えが現実的なんだな。軽くショックである。


「…玉の輿ねぇ…まぁ、気持ちは分からないでもないけど。私もそういう人とお近づきになりたいって思ったりするし」


そういう人、として真っ先に思い浮かべた人物に、なまえは自分で驚いた。彼女が住まう天国よりずっとずっと下、地獄に住んでいる人。ていうか鬼だけど。


「…鬼灯様、今何してんのかな」


何度か顔を合わせたことはある、閻魔大王の補佐官。なんか気になるんだよなーあの人。背が高くて美形で仕事もできるのに、行動がおかしいからだろうか。怖いのか怖くないのか、頭良いのか頭おかしいのか分からない。そんな彼には七夕なんて行事関係ないだろう。閻魔殿で仕事に励んでいるに違いない。


「鬼灯様と結婚したら玉の輿だよね……って!いやいや何考えてんだ、そんな少女漫画みたいな――」


平静を取り戻そうと、次の一枚を手に取る。それは、手触りの良い上質な紙だった。不思議に思って名前を確認する。…思わず吹っ飛ばしそうになった。


「ほ、鬼灯様…!?」


やたら達筆な字で「鬼灯」と書かれている。何で大の大人が参加してるんだ、遊び心があっていいっちゃいいが、この人は本当に何を考えているのか分からない。


「鬼灯様の願いっていったい…」


恐る恐る願いごとに目を通す。そこには。


「…え、」


――月が綺麗でありますように。


「……仕事のしすぎ?」
「失礼な」


突然戸口から聞こえた声に、びくんと体が跳ねた。振り返っても誰もいない。扉は閉まったままだ。例の低い声は扉の外から聞こえてくる。


「こんばんは、なまえさん」
「ほ、ほ、ほーずき様…?」


噂をすれば影もいいところだ。本人のご登場に、おろおろと視線を彷徨わせる。


「開けてもいいですか」
「え、ええ…どうぞ」


からからと引き戸が開く。月明かりを背に、黒い姿が立っていた。影になっていて顔が見えない分、怖さが倍増している。


「あの…何かご用ですか?」
「用というか…短冊がきちんと貴女に届いたか気になりまして」
「…やっぱりこれ、鬼灯様が書いたんですか」
「他に誰がいますか。ちゃんと名前も明記しているでしょう?」


いや、だって書いている内容が。こんなフェミニンなこと、あの鬼神閣下のイメージに合わなさすぎる。ジグソーパズルでいえばピースが弾け飛ぶレベルだ。こんな変な例えを持ち出すあたり、私も相当混乱しているんだろうなとどこか冷静になまえは分析した。


「ええと…ひょっとしてお疲れですか?」
「貴女、かわいい顔して失礼なこと言いますよね」
「かっ…かわ…!?」


さらりと言われた単語に頬が一気に熱くなる。どこかの神獣様じゃあるまいし、なんでこんなことさらっと言えるんだろう。


「これだけの量をひとりに任せるなど、織姫様も人使いが荒いですね……時になまえさん、外には出られましたか?」
「え?日が暮れてからは出てませんけど…」
「では、どうぞこちらへ」


そんなことを言いつつさり気なく手を取られる。…うん、天然ということで済ませておこう。ふわりと夜風が髪を揺らし、流れていく。鬼神閣下に連れられて出た先で空を見上げ、なまえは感嘆の声をもらした。


「わぁ…!」


濃紺の地に広がる、色鮮やかな星たち。きらきらと煌くそれらは、見慣れているはずのなまえをも感動させるほどの素晴らしさだった。


「天の川がくっきり見えますね。火や刃物が降ってこない空もたまにはいいもんです」


一瞬耳を疑うが、この鬼の基準は地獄だった。気にしても精神がすり減るだけかもしれない。


「良かった、今年はエキサイトしてないみたい」
「何がです?」
「七夕の日の空は、姫様と彦星様の今の雰囲気が直結するんです。ラブラブ度が高いほど天の川がはっきり見えて、綺麗な空になります」
「…逆に低いと?」
「天気が悪くなります。去年は彦星様の浮気疑惑で姫様が怒ってしまって大変でした。結局、姫様の勘違いだったんですけど」
「まさに雲行きが怪しくなるわけですね。ていうか去年大嵐だったのそのせいか」


顎に手を当てて納得する鬼灯は、こんなに美しい光景を前にしても無表情である。本当に、何を思ってあの願いを書いて寄越したのだろう。端正な横顔を見つめて考えていると、不意に鬼灯が軽く天を指した。


「それはそうとなまえさん。月が綺麗ですね」
「あら、ほんと!」
「……貴女、読書はお好きですか?」
「好きですよ?」


きょとんと首を傾げる彼女を、鬼灯はちらっと見た。純粋に夜空を楽しんでいる。自分の短冊は読んでもらえたようだが、それを書いた意図までは読んでいないようだ。


「…やはり回りくどいのは性に合いません」
「え?」


ぼそりと呟いたかと思うと、鬼神閣下はなまえに向き直った。真っ直ぐ見つめられてどきりとする。乙女の気分と蛇に睨まれた蛙の気分を同時に味わうという不思議な体験をしつつ、見つめ返した。


「この後のご予定は?」
「?仕事の続きですけど…」
「ないんですね。これは幸い」
「いや、仕事しますって」
「逢い引きしましょう、なまえさん」
「話聞いて!?ってか誘い方ストレートすぎる!」
「遠まわしにしたら気付かなかったくせに」
「え?」
「とにかく、今日は七夕です。せっかくなので織姫様達にあやかりましょう」
「い、いやあの、鬼灯さ――」


言いかけて、突然口に何かが押し付けられた。


「…!?」
「お静かに。恋人達の邪魔をしてはいけません」


馬に蹴られますよ。涼しい顔でそんなことを言っているが、原因は誰かと問いたい。はらりと口から離れた例の短冊を受け止めながら、ちょっと唇を尖らせる。なまえの子供っぽい表情に鬼灯は微かに口元を緩めた。


「そんな顔すると、今度は別のもので口塞ぎますよ」
「な、なんですかそれ?まさか拷問器具の類…」
「貴女って意外とアホの子ですね」


鼻で笑って、地獄の鬼は踵を返した。軽く手を引かれる感覚に、思い出す。そういえば部屋を出た時からずっと手をつないだままだった。


「〜〜っ…!」
「どうしました?」
「いっ…いえ!ななな、なんでもありませんっ!」
「嘘は良くないですよ」
「嘘なんかじゃ…!あっ!月が綺麗ですよ鬼灯様!」


さっき彼自身に言われた言葉だが、そこまで気にする余裕は今のなまえにはない。腕をいっぱいに伸ばして頭上を指す彼女の耳は、余すところなく真っ赤だった。


「…私もです」
「へ?」
「なんでもありません」


ふ、と彼は珍しく微笑んだ。もちろん、彼女からは見えない位置取りをすることは忘れずに。



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七夕ネタで一本。短冊の内容だったり最後の夢主への返しだったりが「?」だった方は、「月が綺麗ですね」で検索してみて下さい(丸投げすみません)。なんか久しぶりに甘いの書いた気がする…。ちなみにタイトルはそのままイメージ曲です。それでは、読んで下さってありがとうございました。

20140705




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