※十二国記パロ。白澤さんが麒麟で夢主が王様。




「見つけた」


耳に心地いい声に、我に返る。いつの間にか居眠りしていたらしく、教室には誰もいない。背後の、声以外は。ゆっくりと振り返ると、そこには背の高い男が立っていた。全体的に白い服装の、綺麗な面立ちの人物。当然、全く知らない人だ。男は、彼女の顔を見てにっこりと笑った。


「まさか“こっち”に流されてたとはねー。随分探したよ」
「…どちら様ですか?」


明らかに学校の関係者ではない様子の彼に、不審げな目を向ける。それでも男は動じた風もない。温和に微笑むだけだ。


「突然で悪いんだけどさ、一緒に来てもらえる?…あ、僕白澤っていうの。よろしくね」


よどみなく自己紹介までして、男はするりと近づいてきた。反射的に席を立って後ろに下がる。それを見て、男が苦笑した。


「…まぁ、いきなり言われてもドン引きだよねぇ」
「わかってるなら、さっさと離れて下さい。警察呼びますよ」
「うーん…今はやめといた方がいいと思うよ?」


男が不可解なことを言った、その時。窓がガタガタと震えた。何事かとそちらに顔を向けると、


「…!?」


窓の外に見たこともない黒い鳥が現れた。いつも見ているカラスなどより、何倍…いや、何百倍も大きい。鳥は甲高い声で鳴きながら、一瞬で飛び去っていった。


「な、なにあれ…」


あんなの、漫画やアニメの中でしか見たことがない。驚愕して二の句を告げない彼女に対し、男は至って冷静である。


「あーあ…見つかっちゃったかぁ」
「え…?」
「ごめんね、説明は後でちゃんとするから」


そう言って男はさっと間合いを詰めた。身を引こうとする彼女の手を取る。強い力ではないが、なにかの魔法でもかけられたかのように身動きができなくなった。男はその場に片膝をついて跪き、頭を垂れた。彼女の手を取ったまま。まるでおとぎ話の名シーンのようだ。そんな場違いなことを考えていると、男が口を開いた。


「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げる」
「…?」
「許す、って言って」


正式なのは“あっち”に戻ってからね。顔を上げ、彼女を見上げてくる男の顔は、相変わらず愛想よく笑んでいる。しかしその目は、待ち焦がれたものを見るものだった。心の底から望んで、探して、ようやっと見つけた。


「帰ろう。僕らの、主上」


しゅじょう?聞き慣れない単語に彼女が首を傾げた瞬間。窓ガラスが、勢いよく砕けた。




* * * * *




「白澤ー?どこ?」


広い王宮の中を、ひとりの少女が歩いている。すれ違う者たちは揃って脇により、平伏した。それをひとりひとり、律儀に顔を上げさせながら、少女はその都度「白澤見なかった?」と尋ねている。何人目かで、書庫の方で見たという証言を得た。しかし非常に言いにくそうだった。


「書庫ね、ありがとう」


少女は笑顔で礼を言い、向きを変えた。

書庫に着くと、扉がほんの少し空いていた。誰かいるはずなのに薄暗い室内から、なにやら話し声が聞こえる。ちょっと耳を澄まし、少女は足でとんとんと軽く床を叩いた。そして音を立てずに扉をくぐった。近づいてくる話し声。よく聞くと、それは男女のものであることが分かった。


「ねぇ…いいでしょ?」
「あ、あの台輔…ご容赦を…」


タイホ、という単語を聞いて少女の足取りが速くなる。そして。


「書庫ではお静かにィィィ!!」
「ぶっ!」


唐突なドロップキックを腰に喰らい、男が書棚に激突する。ひっと短い悲鳴を上げ、女の方が飛び退いた。


「やっぱり女の子か、この色ボケ麒麟!」


王を選ぶ霊獣に対してこんな暴言暴挙を加えられる存在はひとりしかいない。


「主上…!」


華麗に着地した少女の姿をそれと認識し、女は青ざめてその場にひれ伏した。


「も、申し訳御座いません!どうかお慈悲を…!」


麒麟と個人的に会うだけでも咎められるのに、雰囲気が雰囲気だ。小刻みに肩を震わせる女を、少女は真っ直ぐ見下ろした。


「…あなた、名前は」


静かに問われ、女は震える声で名を答えた。口の中でその名前を反復する。横から男が「…なまえちゃん」と声をかけてくるが、無視である。


「顔を上げなさい」
「…は、しかし、主上の御前で…」
「いいから。顔を見せなさい」


有無を言わさず、女の顎を持って上向かせた。猫のようなつり気味の目と近くでかち合って、女はいよいよ泣きそうになった。少女はじっと女の顔を見つめた後、物々しく口を開いた。


「あなた、最近入った書庫番だね」
「は、はい…そうです…」
「…やっぱり、そうだ」


すると、少女はぐるんと男を振り返った。心配そうな顔で彼女らを見守っていた男がぎょっとする。


「こら白澤!いくら好みだからって新入りちゃんに手ぇ出そうとするのやめなさい!」


これまでの重い空気をぶち壊すように少女が声を上げる。


「うちの女官たちみたいにあんたの扱い分かってるわけじゃないんだから!就職早々台輔に迫られるとか、軽く恐怖だよ!?」
「えぇぇそこまで!?」
「あなた、うちのアホ台輔がごめんね?怖かったでしょ」
「え!ええと…そ、そんなこと…」
「ほらね?ていうかお茶に誘ってただけだよ、怖がる要素なんて――」
「…ちょ、ちょっとだけ…怖かった、です」
「ええええ!」


麒麟自体が怖いのではなく、新人の分際で麒麟とふたりっきりで会っていたという事実を周りに知られた時の、己の社会的立場という意味の恐怖だ。傷ついた顔をする霊獣に慌ててそう説明すると、そういうことかと納得したらしい。


「そんなに心配しなくても、うちの女王陛下はそれくらいで怒る御方じゃないよ」
「女の子には怒らないけどあんたには怒るわよ」


間髪入れずに、少女が麒麟の右耳の飾りを引っ張った。


「いてててて!ちょ、なまえちゃん痛い!」
「当然よ。痛くしてるもん」


冷たく言い放ち、少女は一転して柔和な表情を浮かべて書庫番を見た。


「きみ、素直でいいね。こいつにはきつーく言っとくから、これからもよろしくね」


にっこりと笑いかけ、少女は霊獣の耳飾りを引っ張ったまま歩き出した。引きずられた霊獣が悲鳴を上げるがお構いなし。


「……、…」


残された書庫番は、しばらくの間身動きがとれなかった。






「まったく、あんたは!女の子にちょっかいかけるのも大概にしなさいって何度言ったら分かるの!」
「ハイ…スミマセン」
「心こもってないわ。もう一度」
「可愛い新入りちゃん怖がらせてごめんなさい」
「『可愛い』は余計よ。確かに可愛かったけど」


王の私室にて。寝台に腰掛けたなまえの前に、白澤は正座させられていた。あの後からさっきまで、一切口を利いてもらえなかった。王としての一日の務めが終了し、その足で湯殿に向かおうとする背に思い切って「一緒に入ろう」と提案するとアッパーが飛んできたが。床の上で伸びる白澤の耳元で低く一言、「私の部屋で待ってなさい」はかなり背筋が寒くなった。十代後半の外見とはいえ、やはり王だ。

それから数十分後。やけにゆっくりお湯を堪能したらしい彼女は、いつも以上に世話を焼こうとする白澤を押しのけて寝台にどすっと腰掛け、ぽんぽんと履物を脱いで素足になった。麒麟である彼以外には決して見せないだらしのない様子である。何だかんだで自分のことは腹心として認めてくれているんだな、と口元が緩みそうになるが、今度はとびきり重いボディブローをお見舞いされそうなのでなんとか堪えた。即位して数十年、なにがどうしてこうなった。武道だって、こちらに来た当初は白澤の使令に手伝ってもらってどうにか形になる程度だったのに。今では、妖魔もたったひとりで倒してしまう。これでは隣国のムカツクあれみたいだ――


「少しは鬼灯さんを見習ったらどうなの?」


案の定。さすがに眉をひそめ、主を見上げる。


「…あいつの話はしないでって言ったよね」
「その前に女の子にちょっかい出さないでって言ったよね」
「……ごめんなさい」


今回ばかりは、どう転んでも白澤が悪い。他でもない彼女があれの話をするのは癪だが、素直に非を認めることにした。反省するかどうかは、分からないけれど。


「申し訳ありませんでした、主上」
「ごめんで済んだら軍は要らないよ」


眉間を抑えながらため息をつく。表情はまだ固いが、これ以上怒る気はないことを腹心は察した。心の中でほっと息をつきながら、表情を元の軽薄なそれに戻す。


「ねぇなまえちゃん、許して?」
「あんたさ、悪いと思ってないでしょ」
「そんなことないよ。貴女以外の子にふらふらして申し訳ないと思ってる。僕は貴女のモノなのにね」


でも、たぶん、やめられない。


「意味ないじゃん」
「おぶっ……もうっ、蹴らないでよ」


ぱこんと小気味よく蹴り上げてきた足を受け止めて、仰け反った体勢を立て直す。至近距離で彼女の素足が目に入る。


「…きれい」


小さく呟いて、そっと足の甲に唇を落とした。ふわりと石鹸の香りがする。あぁ、女の子の湯上りっていいもんだよなぁ。


「信じてもらえないかもしれないけど、これだけは言っとく。僕にとっての唯一は貴女だよ」
「嘘くさ」
「ちょっ、今いいとこだったでしょ!?」


するすると足に指を滑らせても何も言わないし、ようやっとそういう意味で受け入れてくれるのかと期待したが――甘かった。今まで好きにさせていたのが嘘のように、彼女は素早く白澤の首を両足で挟んでぐりっと捻る。悲鳴を上げる暇もなく、王の半身は豪奢な絨毯に沈んだ。本当にしようのない台輔をそのまま放り、女王は布団を被ってしまった。


「…なまえちゃん?」


さすが霊獣というべきか、驚くべき速さで回復した白澤は、向こうを向いてしまった主の背に声をかけた。返事はない。そろそろと這いより、寝台に両手をかけてもう一度呼ぶ。


「…灯り、消してってね」


今度は、むすっとした答えが返ってきた。もう怒っているとは言えない声色だ。白澤は気づかれないよう微笑んで、了の返事をする。立ち上がったその足で灯りを消しに行きかけて――


「……」


布団の上に出された華奢な手を、取った。自分のものより一回りも小さいそれに唇を寄せる。


「おやすみなさい」
「…おやすみ」


くぐもった応え。これでもう、明日からは普通に接してくれるだろう。手を丁寧に戻し、今度こそ灯りを消して部屋の扉に向かった。部屋を出る前に、もう一度寝台の主に目を向けた。かすかに寝息が聞こえてくる。相変わらず寝付くのが早い。


「…良い夢を」


僕の、主上。間近にいないと聞こえない声で呟き、麒麟は宵闇に消えていった。



――――――――――――――
白澤さんと十二国ってめっちゃ合いそう。彼は一応白麒麟です。人型の時髪黒いけど白麒麟と言い張ります(え)で、鬼灯さんは隣国の麒麟です。こっちは黒麒麟。使令は桃太郎ブラザーズとか芥子ちゃんとかでしょうか。ていうか仁獣が女の子ナンパしていいものか…。では、読んで下さってありがとうございました。

20140629



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